FREAKS vol. 325(2022/10)より 〜目指すフットボールの真髄は“心”〜

2022.10.26(水)
photo

アントラーズの指揮官に就任した岩政大樹監督が
テーマに掲げた「パッショナルフットボール」を紐解き、
チームが描いていく未来に迫る。

チームと強化、さらに事業
クラブ一体となった絵を描きたい

──改めてアントラーズの監督に就任したときの心境を聞かせてください。
「監督に就任してから練習や試合があり、自分の耳にもファン・サポーターの皆さんの声が届くなかで、アントラーズの監督になったことを実感する機会はたくさんありました。しかし、クラブから監督就任の話をいただいたときは、正直、何も考えなかったというか、率直な感情としては『無』でした。指導者の資格を取得してきた過程において、これまでいくつかのカテゴリーで指導者の経験を積ませてもらってきましたが、そこから指導者としてプロのカテゴリーに戻るかどうかは決めずにいました。ただ、指導者ライセンス取得の講習を受けた際や多くの指導者と交流をしていくなかで、自分が指導者として生きる場所は、やはりプロのカテゴリーで、そのほうが自分の力を発揮しやすいだろうと考えるようになりました。そう思い始めたのが、ここ1、2年のことでした。そのタイミングで、プロのカテゴリーで監督を務めるには、今回のようにシーズン途中の監督就任ではなかったとしても、突然、(監督就任の)打診が来て、即断即決して、監督になる仕事だと思っていました。さかのぼれば選手時代も同様です。なかには『明日、返事がほしい』というオファーもありましたから。監督就任も同じようなケースが多いので、おそらく考えている時間や余裕はない。だから、以前から話をもらったときには、監督を引き受けるつもりでいましたし、大切なのはどう対応していくかだと考えていました」

──以前から監督就任を打診された時点で引き受けると決めていたため、今回、アントラーズの監督に就任するに当たっても、さまざまなことを考えなかったということですね。
「そうです。考えるも何も、プロカテゴリーの監督を目指した時点で、話をいただいたら受ける以外に、選択肢はありませんでした。自分なりに、そのための準備は、プロカテゴリーの指導者を目指し始めたときからしてきたつもりです。確かに自分が思っていたよりも早いタイミングでしたが、時期が早いか遅いか、今が適切か不適切かを考えても、返事を待ってもらえるわけではありませんから」

──とはいえ、監督のキャリアをアントラーズでスタートさせるという意味では、特別な思いがあったのではないでしょうか?
「正直、個人のキャリアとしては、あまりよろしくないなと思っています(苦笑)。本来はJ3とかJ2といった下のカテゴリーでキャリアを積み、徐々にカテゴリーを上がっていくことができればと考えていました。指導者としては、成功だけではなく、もちろん失敗もしなければならない。その成功と失敗を繰り返していく過程で、自分の指導方針や戦術論が固まっていくと思っていたからです。漠然とですが、そうやって経験を積み、50歳を過ぎたあたりで、アントラーズの監督に就任できればいいなという絵を、自分の理想として描いていました。アントラーズの監督を務めることはある意味、到達地点なので、このあと自分はどこを目指すのかという話になってしまいますからね(苦笑)。プロのカテゴリーの指導者を目指そうと考えたとき、自分が指導者としてのキャリアを正しく歩み、多くを学び、経験を積むことができ、現状に満足せずアップデートを重ねていけば、いずれどこかのタイミングでアントラーズの監督を任せてもらえる機会があるかもしれないとは想像していました。でも、それは遠い未来の話でした。流れとしては、今年だけでなく、近年のアントラーズはタイトルを獲得できず、試行錯誤を繰り返してきました。そうした背景がなければ、40歳の自分が、このタイミングで監督になることもなかったと思います。だから、どちらかというと運命的なものを感じています」

──監督を引き受けたときには、吉岡宗重フットボールダイレクター(FD)に「クラブと一緒に新しいアントラーズを作っていきたい」と伝えたそうですが、どのような思いからその言葉を発したのでしょうか?
「アントラーズは今年から、フットボールダイレクターも(鈴木)満さんから吉岡さんに代わったタイミングでレネ・ヴァイラーさんが来て、新しいことにチャレンジしていました。レネさんはヨーロッパの人なので、このクラブの〝将来〟や〝未来〟を考えるというよりも、やはり〝今〟、結果を残すことに注力していたように思います。日本で初めて指揮を執るということを考えれば、自分の評価を高めなければならないので、それは当たり前のことでした。ただし、それだと今のチームが過渡期にあることにも目が向かないのは当然だとも感じていました。そうしたなかで、アントラーズをずっと見てきた自分が、一歩引いたところから今のアントラーズを見たとき、〝鹿島アントラーズというクラブがスタートしたときの状況〟に少し似ているのではないかと感じました。Jリーグの草創期に、ジーコ(クラブアドバイザー)が選手としてやって来て、その後も、多くの人が関わりながら、満さんと二人三脚でチームの強化に携わり、アントラーズの歴史を築いてきた過程が思い出されたんです。そういう意味で、吉岡FDが新しいアントラーズを築いていこうとしている今、現場も足並みをそろえて、新しいアントラーズを作っていく目線がなければ、おそらくアントラーズは土台から揺らいでしまうのではないかと思いました。だから、監督は監督、FDはFDというのではなく、チームとクラブと表現すればいいでしょうか。チームと強化、さらには事業と、クラブが一体になって推し進めていく絵を描きたいということを、吉岡FDには伝えさせてもらいました」

──選手としてもアントラーズでプレーしてきたように、このクラブの歴史を知っているからこそ描ける道筋ということでしょうか?
「そう受け取ってもらえると、私自身もありがたいです。また、クラブやチームは本来、そうあるべきだとも思っています。間違いなく昨今のアントラーズは過渡期にあり、コロナ禍も含めて、近年はいろいろと難しさがあったように思います。進むべき道がいろいろとあるなかで、クラブとチームが一体になり、これだという方向をきちんと指し示し、その都度、話し合いながら、微調整しながら、進んでいくことが必要なのではないかと感じています。だから、自分がこれまでのクラブの歴史を知っているというのは当然、強みになると感じています」

サッカーは楽しいという原点
キラキラしながら毎日を過ごす

──今シーズン、コーチとして見てきたなかで、監督就任に当たって、まずチームの課題をどこに感じていたのでしょうか?
「最初はとにかく、楽しくサッカーをする雰囲気を取り戻そうと考えていました。これは選手たちだけでなく、スタッフも含めてです。プロサッカーチームの仕事というのは、勝負というものにがんじがらめになっているので、プレッシャーにさらされてしまうのは、ある程度、仕方がないことだとは思っています。でも、コーチとして久しぶりに戻ってきたとき、それが少し窮屈というか、苦しそうに映りました。だから、みんながわくわくしながら毎日、職場に来て、それぞれがそれぞれの分野で、今日はどんなことにチャレンジしてみようかなと思えるような、それをみんなが楽しめるような環境を作りたいと思いました。当然、そこには失敗もあるかもしれません。でも、それぞれがプロの仕事を自分の責任においてまっとうし、キラキラしながら毎日を過ごすような雰囲気、仕事場にしたいという思いがありました。このことは、選手をはじめ、スタッフのみんなにも伝えさせてもらいました。それを踏まえたうえで、プレーや戦術といった細かいところに着手しようと考えていました」

──プレーや戦術の前に、雰囲気や空気を大切にしたということでしょうか?
「はい。仕事ではありますが、日々の時間の多くを費やす場所ですからね。かなりの熱量を込めて毎週の試合を迎えているので、そこにやりがいを感じなければ、楽しくなくなってしまうと思います。ましてや選手たちにしてみれば、子どものときからなりたかった職業であり、目指してきた職業です。スタッフも含め、ここはいろいろな人たちがたどり着きたいと思う憧れの場所。現場で働くスタッフになりたい人もたくさんいるなかで、アントラーズというチームで働いていることに幸せを感じてもらいたかった。それぞれが自分の存在意義や責任を感じてもらうのと同時に、ここで働いている楽しさをまずは取り戻してほしいなと。一人ひとりが生き生きと仕事をしていれば、自然とチームの空気もよくなり、結果もついてくるはずです。これはサッカーだけでなく、どの職業でも同じことが言えるように思います。建前や表向きだと感じる人もいるかもしれませんが、それが最終的に結果につながると信じています。個人的には、その先に戦術や分析があるとすら思っています。サッカーをやっていて楽しいという気持ちが、みんなの原点だと思うので」

──鈴木優磨選手が、コーチ時代の岩政監督から「労働者になってはいけない。サッカーは楽しむものだ」と言われたことが心に残っていると言っていました。
「まさにそういうことです。実は、読んだ本のなかに同じようなことが書いてありました。題名は忘れてしまったのですが、『仕事が労働になっている人がいる』と書かれていました。それを読んだときに、自分自身も『確かに!』と、うなずきました。仕事を労働ととらえて働いている人たちと、やりがいとして取り組んでいる人たちとでは、すごく大きな違いがあるなと。どの仕事にも共通することですが、サッカー選手、特にアントラーズの選手たちは、常に『勝たなければならない』という思いがあるので、その呪縛に取りつかれてしまうと、だんだんと走ることすら労働になってしまいます。試合の目的はもちろん勝つことですが、その前に自分たちがここで走ったら、こんな攻撃ができたとか、こんな意図的に相手からボールを奪うことができたといったことに、喜びや楽しさを感じ、それをかなえるために本当は走っているはずなんです。走ることや戦うことというのは、そのための手段だったはずなのに、目的がはっきりしないがために、労働になり、とにかく言われたことをやらなければと苦しくなっていく。そうなってしまうと、生き生きとしたサッカーにはならず、最終的には結果を残すこともできなくなります。だから、『労働者になってはいけない』ということは、優磨だけでなく、他の選手やスタッフたちにも伝え、共感してもらえたように感じています」

パッショナルフットボール
その真意は〝心〟にある

──監督就任の際に『パッショナルフットボール』を目指すと語っていました。改めて目指すフットボールを紐解いてください。
「指導者として、自分なりの指導論をメモに書き出したことがありました。今シーズンも監督代行を務めたあと、コーチに戻り、レネさんの指導やJリーグの他チームのサッカーやヨーロッパのサッカーの試合を見ながら、改めて自分のなかで指導論を整理していきました。そのなかで、自分が監督になったらどういうサッカーをしようかと、スローガンを考えていたとき、突然、『パッショナル(情熱的な)』という言葉が思い浮かんだんです。『これだ!』と思いました。あくまで自分の印象ですが、『パッショナル』というと、〝心〟というイメージを抱きます。これが『ポジショナル』になると、印象としては〝頭〟になる人が多いのではないかと思います。だから、『パッショナル』と伝えれば、自分と同じように〝心〟をイメージしてくれる人が多いのではないかと考え、自分が目指すサッカーの方向性としてはこっちだなと思ったことがきっかけでした」

──なるほど。
「前置きが長くなりましたけど(笑)、ピッチで選手たちの感情が表現され、思いがプレーに込められているからこそ、スタジアムに見に来てくれたファン・サポーターの人たちは、自分たちに重ね合わせ、感動して帰ってくれる。戦術やポジショニングなども大切ですが、さらに重要なのは〝心〟なのではないかと思うようになり、それを体現してもらうために『パッショナルフットボール』と表現しました。この言葉は、選手たちに〝心〟を込めてプレーしてもらいたいという意味で用いています。当然、選手たちに『パッショナルフットボール』を説明するときには、『〝速く〟〝強い〟サッカーがアントラーズらしいサッカーだ』という話をしましたが、その真意は〝心〟にあります。それを体現するために、誰がどこで相手に寄せる、誰がどこで走るということを整理しながらプレーしていく。戦術を駆使していくなかで、目的が変わっていってしまうことも多いので、自分たちの原点、立ち返る場所として大切にできればと思います」

──『パッショナルフットボール』には〝速い〟や〝強い〟だけではなく、〝心〝でプレーする意味も込められていたのですね。
「これまでのアントラーズも、どちらかといえば〝心〟でサッカーをしてきたところがあると思っています。一方の自分は〝頭〟を使ってサッカーをしてきましたし、起きた事象を事細かく説明できるように、常日頃から整理しているので、論理的な人間だととらえられることが多いかと思います。でも、それによって選手たちに〝頭〟でサッカーをするイメージを持たれてしまうと、〝心〟が足りなくなってしまいます。どちらかに振り切らないためにも、自分のイメージとは真逆の『パッショナルフットボール』というフレーズを用いたところもあります」

──ということは、〝心〟と〝頭〟の両方が大切ということでしょうか?
「これも選手たちには伝えているのですが、世のなかで二つの言葉で分類されているものについては、両方とも大切だと思っています。言葉を作り出した我々人間が、それぞれを対極に見るために、二つの言葉で使い分けているところがあるように考えています。たとえば〝論理〟と〝直感〟もそうですし、〝冷静〟と〝情熱〟なんかもそうですよね。対極にあるものとして分類していますけど、突き詰めていくと両方とも大事なんです。サッカーにおける〝攻撃〟と〝守備〟も一緒です。〝ハイプレス〟と〝リトリート〟も、〝ビルドアップ〟と〝カウンター〟も……すべての要素をピッチで表現できるチームが最強になれると考えています。それが難しいために、どちらかを選択することになるのですが、自分はそのすべてを取り入れたい。だから選手たちに、サッカーは2つに分類されることが多いけれども、目指していくのは両方だからと伝えています。そのベースになるのが〝情熱〟と〝論理〟です」

ボール支配率ではなく
ゲーム支配率を追求していく

──監督として迎えた初戦は明治安田生命J1リーグ第25節の福岡戦(2-0)でした。3試合目となる第27節の川崎F戦(1-2)からはチームの戦い方が大きく変わったように見えます。
「おっしゃるように湘南戦(第26節)を含めた2試合と、川崎F戦からは大きく変わった部分があります。自分のなかでも想定していたことでしたが、予定よりも踏み切る時期が早くなりました。説明すると、最初の2試合は、今シーズンの戦い方から大きく変えることをしませんでした。そこは自分の反省点でもありましたが、監督交代後、すぐに試合が行われることもあり、やはり勝たなければならないという意識が先にありました。時間が限られていたこともあり、特に福岡戦は、これまでやってきたことを整理して試合に臨みました。選手たちは心のどこかで(上田)綺世(現サークル・ブルージュ)が移籍したから、自分たちは勝てなくなったという印象を抱いているように見えました。でも、そうではなく、自分たちの形を見失ったがゆえに勝てなくなっただけでした。だから、映像を踏まえて選手たちに説明し、今までやってきたことを思い出し、ピッチで表現してくれるように伝えました。新たに何かを作り出すのではなく、思い出すだけだったので選手たちの対応も早く、福岡戦は結果につながったと思っています。しかし、続く湘南戦をピッチ脇から見ていると、これも選手たちには正直に言ったのですが、『つまらないな』と感じました。そうなってしまった原因は何だったのだろうかと、自分なりに考えたところ、自分の思考がおもしろくないからだということに気がつきました。つまり、今までのサッカーと大きく変えずに戦おうとしていたなと。試合に勝たなければいけないから、目の前にある材料を微調整して、無難な戦い方を選択し、何とかやりくりして勝とうとしていました。それでは、このまま進んでいくのであれば、自分が監督をやっている意味はないなと思ったんです。どこかのタイミングで大きく方向転換しようと考えていましたが、〝どこか〟とか曖昧なことを考えるのはやめようと。自分が選手たちに『新しいアントラーズを作ろう』と言っているのならば、今すぐにでも、そこに向き合おうと考え直しました。川崎F戦、浦和戦(第28節)と、完成度の高いチームとの試合が続くため、このタイミングで大きく方向転換することは、無謀だと思われたかもしれませんが、選手たちにも、『これまでのやり方に固執していて申し訳なかった』と謝りました」

──川崎F戦の結果は1-2の敗戦でしたが、今後のチームの進化や成長を期待できる試合内容だったのではないでしょうか?
「試合を見てくれた方には大きく変わったことが伝わったと思います。結果だけを見れば、1-1で引き分けた湘南戦は勝ち点1、1-2で敗れた川崎F戦は勝ち点0なので、湘南戦のほうが積み上がっているように見えるかもしれません。でも、どちらに未来を感じ、どちらが次に進むための一歩だったかといえば、勝ち点0の川崎F戦だったと感じています。あの試合を経て、自分たちがどう考え、どう進んでいくべきなのかも明確になりました。90分間、相手を凌駕し続け、試合を支配する。それができたか、できなかったかを判断基準にして、次へと進んでいくことができます。これからも、うまくいかない試合もあれば、無難な戦い方を選択したほうが勝ち点を拾える試合もあるかもしれません。でも、さらなる未来を見据えて戦っていけるかどうか。続けることで見えてきた失敗や課題を認め、次に成長するための材料にしていけるかどうか。また、監督としては、そうした循環をチームに提示してあげられるかどうかが大事になります。それくらい湘南戦と川崎F戦には、違いがあったと感じています。わずか1週間の準備で、あれだけのことができる選手たちなので、なおさら、この道を進んでいきたいですね」

──では、第27節の川崎F戦から本格的にトライし始めたフットボールとはどのようなスタイルなのでしょうか?
「先ほども伝えたように、〝自分たちがボールを持っている状況でも、相手にボールを持たれている状況でも、ボール支配率ではなく、ゲーム支配率を高めていくサッカー〟になります。個人的には、ボール支配率ではなく、ゲーム支配率を重要視しています。アバウトな表現に聞こえるかもしれませんが、どちらが意図的にボールを運び、どちらが意図的にボールを奪えているかがゲーム支配率の焦点になります。自分たちが狙っている形で何割、サッカーができているかを突き詰めていきたい。そのため、プレーを逆算したとき、相手にボールを持たれていたとしても、自分たちは相手に何をさせようとしているのかが重要になります。常にその先、その先を考え、最終的には90分間、自分たちがゲームを支配したなかで、試合を進めていけるような提示をしていきたいですし、選手たちにも理解を深めてもらいたいと考えています。まだまだ細かいところまでは提示し切れていないので、ボールを持たせているといいながら、我慢している時間帯もありますから」

──監督就任時に挙げたキーワードのなかには〝個性〟という言葉もありました。選手の個性についてはどのように考えていますか?
「個性はアントラーズが本来、持っている伝統の一つです。自分のように不器用な選手がプレーしていたのも特徴ですし、野沢(拓也)とかモトさん(本山雅志)のようにテクニックのある選手がいたのもその一つです。(小笠原)満男さん(アカデミーテクニカルアドバイザー)もその筆頭ですよね。それぞれがそれぞれの特長を生かし合ってきたのが、アントラーズのサッカーでした。多くのチームは全体の枠組みが先にあり、その枠組みのなかで選手たちがプレーしているので個性が見えにくい傾向にあります。でも、アントラーズは伝統的に選手一人ひとりの個性が見えるチームなので、そこを生かしてチーム作りをスタートさせたいという思いがありました。組織を形成していくうえで、個性は大事な要素です。だから、自分に言い聞かせる意味も含めて、〝個性〟という言葉を伝えました。それを今後、どのようにピッチで発揮してもらうかですが、それは立ち位置や組み合わせ、相手との関係によって、試合ごとに変わっていきます。そのために、選手たちに相手の情報を伝え、必要があればシステムや立ち位置を変えていく。ただし、その目的はすべて、選手の個性を生かしたいということに尽きます」

新しい景色が描かれていく
過程を一緒に見てほしい

──コーチングスタッフにも、新たに坪井健太郎コーチ、鈴木隆二コーチ、そして咲花正弥フィジカルアドバイザーがチームに加わりました。
「シーズンの真っただ中で監督に就任したため、コーチの人選についてはかなり思案しました。ただ前提として、自分がシーズン当初に監督代行を務めたときにも、中村幸聖コーチをはじめ、佐藤洋平GKコーチや曽ケ端準GKアシスタントコーチ、さらには他のスタッフたちと一緒に、2カ月弱という期間を乗り切りました。頼りになるそのスタッフたちが、すでにいてくれる状況だったので、彼らに誰を加えれば、スタッフ全体がきれいな円を描けるようになるかを考えました。ありがたかったのは、クラブが私のやりやすいように人選を任せてくれたことでした。新たに3人を迎え、このスタッフたちで新しいアントラーズのサッカーを作っていく。当然、毎試合、勝ちにつながればいいのですが、そればかりにならないようにもしていきたいという思いもあります。常にトライを続けていくようなチーム作りをしたいと考えています」

──新しいアントラーズを作っていくというチャレンジについてはどんな展望を抱いていますか?
「これも選手たちには伝えましたが、新しいことをやるには、まずは〝やってみる〟というスタンスから入らなければいけません。これまでチームがやっていないことをやるわけなので、どう進んでいくか見えているところもあれば、見えていないところもあります。また、自分自身も経験の浅い指導者ですし、選手も年齢的に若い選手たちが多い。そうした状況のなか、みんなで新しいアントラーズを作っていこうとしているので、その過程には失敗もあるでしょうし、負けることもあるでしょう。それで再びできることや、わかっていることだけで戦うスタイルに戻ってしまえば、新しいものは決して生まれません。だからこそ、コーチ陣にも新しい視点を加えてもらいつつ、そこにトライしてくれた選手たちによって生まれる新しい発想が増えていくことを、自分自身も楽しみにしています。きっと、その繰り返しが、新しいアントラーズを作ることにつながっていくと思っています」

──一緒に戦うファン・サポーターにメッセージをお願いします。
「今の状況やここ最近の出来事というのは、ファン・サポーターの方たちにとってはどうなのでしょう。納得がいかなかったり、うまく処理できなかったりする方もいらっしゃると思います。今後についても、おそらく半信半疑で見ている方のほうが多いのかもしれません。新しいフットボールを目指すことについても、当然、結果が出るまでは認めてもらえないことは、このクラブの歴史を知っているので、誰よりもわかっているつもりです。でも、今から選手たちと一緒にやろうとしていることは、ものすごくおもしろく、魅力的なチャレンジで、日本サッカー界でもそうそう起こらないことだとも思っています。ましてやアントラーズでは、このタイミング、この状況でなければ起こり得なかった、できなかったチャレンジです。その新しいチャレンジを、スタートした今から、一緒に見ていってもらえたらと思っています。いずれ、このスタート地点を見ていてよかったなと感じてもらえる瞬間が来るはずです。その絵はすでに自分のなかに見えているので、これから描かれていく景色を一緒に見てもらえたらと思っています」

photo

photo

photo