FREAKS vol. 320(2022/5)より 〜積極的、攻撃的、効率的なフットボールの真髄〜

2022.05.26(木)
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今日までの人生経験により培われた人間性。
さまざまな国で監督経験を重ねてきたことで構築された指導方針。
アントラーズを率いるレネ ヴァイラー監督の人物像と、
目指すフットボール、哲学に迫る。

スターがチームを作るのではなく
チームがスターを作る

──チームに合流して約1カ月が経ちました。アントラーズというクラブや在籍選手のポテンシャルについて、現状ではどのように感じていますか?
「およそ3週間で4試合を戦いましたが、まだ判断するのは難しいかなと思っています。ただ、そのなかでも現在所属している選手たちと仕事ができること、このクラブにいることについて、すごくいい印象を持っています。日々を楽しみながら、居心地のいい空気感で仕事ができています」

──契約前からさまざまな話をしてきたかと思いますが、アントラーズのフットボールのスタイルや伝統について、どのようなものだととらえていますか?
「もちろんアントラーズという名前は、今回の話をもらう前から耳にしていました。ジーコ(クラブアドバイザー)の存在だけでなく、日本で一番多くのタイトルを獲っている伝統という意味で、やはり人気のあるクラブだということはわかっていました。実際に施設や街、そして選手を見て感じて、とても気に入っています。ただ、その伝統が一つずつの勝利をもたらすわけではありません」

──まさに今シーズン、〝伝統との融合〟により、タイトル獲得を目指しています。レネ監督はどのようなエッセンスを加え、チームに勝利をもたらそうと考えていますか?
「まず私はフットボールにおいて、スタイルを落とし込むというよりは、柔軟にプレースタイルを作っていくタイプです。もちろんそのなかで、いろいろと戦術的に落とし込むこともありますが、〝これ〟という決まったスタイルではありません。目指すところとしては、やはり選手たち一人ひとりが向上していくことが大事だと考えています。それは選手である以前に、〝一人の人間として〟というところがあるからです。そこが一番のターゲットになります。ただし、ファン・サポーターの皆さんが、興奮できるような、楽しめるような魅力的なフットボールでなければいけません。やはり『フットボールはエンターテインメントだ』と言えるようなものを見せていきたいと思っています」

──チームに合流して、まずは何を選手たちに訴えたのでしょうか?
「メンタリティーのところを強く要求しています。今や世界中にいい選手があふれているなか、もちろん戦術面や技術面など、着手するところは多くありますが、やはりメンタル的な要素というのが、ものすごく大事なのではないかと思っています。いい選手があふれているぶん、そのなかで違いを見せるためには、日々選手たちが成長を追求していくことが重要です。選手たちが自問自答を繰り返す日々と、向上しようと常に考え続けることを要求しています」

──前提として、〝人〟にフォーカスした指導を行っていくということですね。
「そこが最重要事項になります。フットボールは個人スポーツではなく団体スポーツなので、勝ちも負けもチームとして共有していく。もちろん一人ひとりの感情も大事ですが、それよりも全体の空気感が最も大事にしています。わかりやすい例でいうと、やはり『スターがチームを作るのではなく、チームがスターを作る』ということ。もちろんファン・サポーターの皆さんや、もしかしたらメディアの人たちにとっては、例えば注目される選手として一人ひとりの話をする機会もあると思いますが、私自身はやはり、そのチームがあってこその選手だと思っているので、そこは私のなかではっきりしているところです」

──鈴木満前フットボールダイレクターが「チームは生き物だ」とよく言いますが、クラブの一体感を大切にしてチームのために戦う考え方は、もともとあるアントラーズの考えに合致していると感じます。
「私も環境というものをものすごく大事にしているので、満さんの言っていることに賛同します。いろいろと移り変わっていくなかで、今後は負ける試合も絶対に出てくるので、そのときにどれだけチームとしていい雰囲気を保てるかということも大事ですし、またピッチ外のところでも人間である以上、幸せでなければいけません。もちろん選手である以上、ピッチで全力を尽くすことに取り組まないといけないのですが、まずは〝人として幸せである〟ということが大事になってきます。私は冗談を言うのも好きなほうですが、フットボールというスポーツがフェアプレーを掲げている以上、正直に、真摯に取り組まなければいけません。ときと場合によってはきついことを言わないといけないときもあるでしょう。そのためにも、いい意味で全体の雰囲気を大事にしていきたいと考えています」

──順調に勝ち点を積み重ねていますが、明治安田生命J1リーグ第6節の清水戦では交代直後にディエゴ・ピトゥカ選手がレッドカードを受ける場面もありました。
「やはり人間は、失敗から学ぶことも多いものです。それがシーズンを通して助けになることもあります。その意味では、ここから学ぶことでチームとしても次につなげていければと思っています」

──試合翌日には、練習グラウンドで、ピトゥカ選手と話をする姿が見られました。
「失敗は誰にでもあるもの。子どもに伝えるときも一緒ですよね。『どこまでやっていいよ』という範囲について、いろいろと助言することで改善していくものです。そうすることで今後の助けになる場合がある。その道を示していくのも監督の仕事だと考えています」

──レネ監督が考える監督像とは、どのようなものですか?
「やはりチーム作りにおける計画や指導法など、いろいろな手段があるなか、自分はどうしてもピッチ外にいるので、アイディアを出したり、『このようにしなければいけない』というプレーについての指導だったりはもちろんやっていきます。ただ、最終的にはピッチのなかにいる選手たちが判断して、選択して、プレーするものだと考えています。そこに対して手助けや求めていくことがあります。もちろん要求が厳しくなることもありますが、それが私の役割でもあるし、ピッチ上で選手たちの最善のパフォーマンスを引き出すことが仕事だと思っています」

──そのような指導方針は、これまでのキャリアのなかで構築されたものなのですか?
「難しい質問ですね。誰と一緒に仕事をしたからとか、どこで仕事をしたからというようなきっかけではなく、これまでの人生のなかでいろいろな経験をし、さまざまな監督と出会いました。いい監督もいれば、あまり参考にならない監督もいましたが(苦笑)、そのなかでこの人のいいところ、悪いところというのを自分のなかでピックアップして、いいところだけをどんどん残して取捨選択していくなかで、自分を構築してきたと思っています。もちろん戦術のことはフォーカスしやすいし、わかりやすいところです。自分としても考える戦術はありますが、ただ、最近ではそこに縛られすぎている人たちが多いのかなという印象です。結局、一番大事なところは、どこにどのようなスペースが空いていて、そのスペースをどう活用するかということがものすごく大事になってくると思っています。例えば、自分たちが0─1で負けているときには、FWを入れなければいけない、攻撃的にシフトチェンジをして取り返しにいかなければいけないというイメージがあると思います。ただ、そのFWがあまり効果的なスペースの使い方をできていない場合は、もしかしたら別の中盤の選手のほうが、スペースに入るタイミングや走り方によって、チームをよりよい方向に導く場合もある。そうした意味で、固定観念にしばられないことが大事になってくると思っています。交代で入る選手が中盤や後ろの選手だからといって、必ずしも守備的であったり、消極的であったりするわけではありません。私自身に戦術だけに凝り固まったような考え方はなく、まずはいかにしてチームとしての力を最大限に引き出せるか、きちんと勝ちにいける体制を作れるかが大事です。そのためには、いかにスペースを見つけられるか、その繰り返しだと思っています」

──お話を聞いていて、学び続ける探究心を感じます。
「やはり私自身、いろいろな文化に触れることで、それぞれのいいものを自分のなかに取り入れながらやっていけると考えています。例えばヨーロッパのいいところ、日本のいいところをそれぞれ取り入れながらやっていくことは、自分にとってもいいことだと思うし、そのような機会を与えてくれたことに、ものすごく感謝しています」

──これまでにどの監督のどういった考えを取れ入れてきたのでしょうか?
「まず頭に浮かぶのが、ロルフ・フリンガーです。いい例も悪い例も含まれているのですが、プロ1年目にスイス1部リーグでプレーしているときの監督で、ものすごく選手に対して態度などでもきつく当たる方でした。そのなかで、練習から帰って夜に寝られない日があったり、『明日の練習には行きたくないな』と考える日がありました。ただ、彼はすごく賢いやり方で、またすばらしいタイミングで、選手たちに『今、自分たちがプロスポーツ選手を職業にできていることがどれだけ幸せなのか』ということを言葉で伝えてくれました。やはり、そこは今の自分にも影響しているところかなと思います」

長くいてほしいと
思ってもらえる監督を目指す

──監督を務めるうえで選手の能力はどのように見極めているのでしょうか?
「やはり選手としての技術をはじめ、いろいろな側面から見なければいけません。そのなかで私自身がプライオリティーを置いているのは、正しい判断ができるか、どのように振る舞うことができるかについてです。例えばスペースにきちんと走り込めているのか、ボールを持つべきなのか、ボールをすぐに放すべきなのか。当然、負ける試合もありますが、そのときにどんな態度を取っているのか。ピッチ上におけるさまざまな局面において、どれだけ正しい状況判断ができるかというところが一番見ているところであり、一番大切にしています」

──選手の状況判断に対して、その正誤をレネ監督が示しながら、突き詰めていくチーム作りを目指していくのでしょうか?
「やはり試合中には何百何千という判断があるので、すべてについては指摘できません。一つひとつに対して言っていたら、もちろん無理があるので、100パーセントがそうではないのですが、正しいものや正しくないものについて、こちらからはっきりと示すことはあります。『今のプレーはよかった』『こういうプレーはやってほしい』『今のプレーはちょっと違う』といったことは、日々のミーティングや練習で示しています」

──ここまで数試合の指揮ですが、もともと選手が経験してきたものとは違ったポジションでの起用が見られ、新鮮に感じることがあります。選手起用について、現時点でどのように考えていますか?
「自分が求めているフットボールは、相手にとって危険なエリアへどんどん進入していき、そして深さを使ったスタイルを展開したいと考えています。また例えば中盤の選手でいえば、全体としてウイングの選手には裏を狙ってほしいということを掲げています。そのなかで、本来のポジションとは違う場所でプレーしてもらうことによって、〝ここでは走らなければいけないんだ〟〝ここではこのパスコースに出てほしいんだ〟ということを、逆の立場から見せることも必要になってくると思っています。それによって、チーム全体が何をやらなければいけないのか、自分のポジションではないところの選手は、何をやらなければいけないのか、一人ひとりの役割について理解することにつながります。そのうえで、チーム全体を作っていければと思っています」

──以前に「積極的、攻撃的、効率的なフットボールを目指す」と話していました。「効率的」の意味とは?
「〝効率的〟というのは、やはり最終的な目的は〝相手よりも多くの得点を決めて、より相手に決められることを少なくすること〟だと思います。例えば、ボールポゼッションでいくらボールを長く保持していても、逆に攻撃回数が少なかったとしても、最終的に1─0で勝っていることが大事だと思います。相手より得点を多く取って試合を終えることを目標とするなか、そのための攻撃の仕方や手段というものを、どんどん構築していくことが大事です。ただ、これについてはフットボールだけでなく、人生においても効率的に生きていくことが大事だと考えています。最終的には、この〝効率〟というところが一番難しいことになるんですけれどね。より高い確率でゴールにたどり着く回数を増やす、失点する可能性や確率を低くしていく。それが監督としての仕事だと思うので、私自身、それを実行できればと考えています」

──改めて今シーズンの目標について聞かせてください。
「まずは結果以前に、ファン・サポーター、クラブを支えてくれる人たちが、アントラーズのフットボールを見て、楽しんでくれるということが大事だと思っています。最終的には支えてくれる皆さんが、〝このクラブに長くいてほしい〟と思ってもらえるような監督になることを目指しています。また、その逆にならないように願ってもいます(笑)」

──レネ監督だけでなく、アントラーズを支えるみんながそう思っています。
「ファン・サポーターの皆さんが作ってくれるスタジアムに流れる雰囲気や空気には、温かい優しさをものすごく感じていて、それが私たちにとっては、プラスアルファの効果としてモチベーションにつながっています。自然と〝こちらからお返しをしたい〟という気持ちになるんです。それは選手だけでなく、監督・スタッフはもちろん、フロントスタッフをはじめ、アントラーズにかかわる全員に同じことが言えます。私たちを後押ししてくれたファン・サポーターの皆さんに『試合後に喜んで帰ってもらいたい』という思いを抱えています。このフットボールを純粋に楽しんでいる空気感、その空気づくりの一部になれていることが自分にとって光栄なことだと思っていますし、ものすごくいい雰囲気に感謝しているところです。もちろん目標はタイトルです。簡単なことではありませんが、ともにベストを尽くしましょう! イツモオウエン、アリガトウゴザイマス!」

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