■失点してもなお負ける気がしなかった
ときにピッチの外から見ている印象と、ピッチの中で抱いている感覚は異なることがある。
安西幸輝にとって、2-1で逆転勝利を収めた明治安田J1リーグ第16節の川崎フロンターレ戦が、“それ”だった。
国立競技場を舞台にして行われた一戦で、鹿島アントラーズは7分にCKから失点すると、前半はその後も押し込まれた。
10分には自分たちのCKから、こぼれ球を伊藤達哉に拾われるとカウンターを仕掛けられ、最後はマルシーニョにシュートまで持ち込まれた。守備に残っていた安西は、マルシーニョにドリブルで翻弄されながらも、早川友基が右手でボールを弾く姿を見て思っていた。
「今日は負けねぇな」
安西が抱いた感覚を言語化するならば、“それ”を「自信」と呼ぶのだろう。
「もしかしたら、俺だけかもしれないですけど、何なんですかね、あの感覚。(失点が)あるとしたらセットプレーからかなとは思っていましたけど、1点取られたあとも大丈夫だと思ったし、そのあと、攻められているときも大丈夫だと思っていた。それはハヤ(早川)が(相手のシュートを)止めてくれていたというのもあるんですけど、ホント、負ける気がしなかった」
10分のピンチだけでなく、16分には自陣ペナルティーエリア手前で大関友翔にボールを奪われ、シュートを許した。38分にもエリソンに反転されると、ミドルシュートを狙われた。
前半終了時点のスタッツは、アントラーズのシュートが5本に対して川崎Fのシュートは9本だった。CKの数もアントラーズが2本に対して川崎Fは9本と、歴然とした差があったにもかかわらず、安西の感覚は揺るがなかった。
前半終了間際に追いついたことも、予感を確信へと変えた。安西は「意図したコースではなかった」と振り返ったが、45+1分に彼が上げた左クロスを、鈴木優磨が折り返し、舩橋佑が左上にプロ初ゴールを叩き込んだ。
■相手を見て変えたポジショニングと狙いどころ
ただし、安西の言う“それ”は決して感覚的なものだけではない。理論的ですらあると裏付けられるのが、後半に見せたアントラーズの戦い方にある。
前半は、ツーセンターバックと右サイドバックの小池龍太でボールを回し、左サイドバックの安西と、右ウイングのチャヴリッチがサイドに張り出すようなポジションを取っていた。しかし、メンバー交代した後半は、左サイドハーフに入った松村優太を活かすべく、安西は前半と異なるポジションを取った。
「(後半は)まず立ち位置のところを修正しました。マツ(松村)が左サイドに入ってきたので、マツをサイドに張らせて、自分はハーフスペースを使うようにしたんです。相手の右サイドバックがマツに引っ張られて、カバーという意識よりも、人についてきていたので、なおさらハーフスペースがぽっかりと空いていた。そこをうまく使いながら前進できればなと」
より外と中を使い分けた安西は、55分に鈴木のパスを受けて左サイドを駆け上がり、走り込むレオ セアラにグラウンダーでラストパスを出した。
また、60分には素早いリスタートから中央をドリブルで持ち上がり、密集の合間をぬってシュートも放った。安西は「(ゴールが)決まっていれば、最高でしたけどね」と苦笑いを浮かべたが、ハーフスペースを意識したポジショニングが成せるシーンだった。
さらに、相手を見るだけではなく、味方を見てプレーも変えていた。
「あとは(62分にレオ セアラに代わって田川)亨介が入ってきたので、選手同士の距離を近くすることをチームとして意識しました。レオならばロングボールを蹴っても何とかしてくれるところがありますけど、亨介はまた特長が違う。自分だけでなく、チーム全体がそうした意識を持って戦えたことが逆転につながったと思います」
彼の思考は、今やチーム全体の共通認識である。相手だけでなく、ピッチにいる選手の特長を活かす戦い方を選択することで、チームは柔軟に変化し、機能していく。
アントラーズは65分、右サイドに開いていた鈴木がDFの裏へと出した絶妙なパスに、田川が走り込み逆転に成功する。まさに、ピッチにいる選手の特長を活かしたゴールだった。
■他の試合では自分が勝利への核になる
鬼木達監督が「6連戦」と位置付けた、明治安田J1リーグ第11節ファジアーノ岡山戦から国立での川崎F戦までの6試合すべてを勝ち切った充実感を噛み締めながら、安西が勝因を語る。
「相手を見ながらサッカーができるようになってきたことが一つと、あと核となる選手が結果を残してくれていることも一つ。前線だったら、優磨やチャッキー(チャヴリッチ)。今日(川崎F戦)は、優磨が攻撃を引っ張ってくれて、後ろではハヤが相手のシュートを止めてくれた。要所、要所を核となる選手が締めてくれたことが勝利につながったと思います」
前節のアビスパ福岡戦で戦列に復帰し、川崎F戦でも右サイドバックとして先発した小池に、安西について聞くと、リスペクトを込めて語った。
「Jリーグ全体を見渡してみても、サイドバックで今一番、幸輝がうまいと思う。それは僕が見ても思いますし、縦関係で組んでいる選手がもっともそれを実感していると思います。
時間の使い方、時間の作り方、相手を見た立ち位置の変え方。そのすべてをセンスと技術で行っていて、自分たちにプラスになることしか、彼はしていないですよね。ケガもしないし、そう言った意味でも、本当にスペシャルな選手だと思う。
僕にとっても、ライバルでありながら、最高のチームメートでもある。パーソナリティーも含めてみんなが信頼している。彼がいることで、僕も含めてサイドバックのベースが上がっています」
小池が安西に刺激を受けているように、その切磋琢磨がチームを向上させている。2-1で勝利した川崎F戦を振り返り、鈴木と早川を称賛した安西も同様だった。
「核となる選手が毎試合、違ってくると、もっとチームは強くなっていくと思います。今日の試合(川崎F戦)は優磨とハヤが核になりましたけど、他の試合では、俺がその核になりたい」
そう言った安西は、鬼木監督が語ってくれた言葉を思い出していた。
「ダントツで優勝したい」
ミックスゾーンでの取材を終え、去り際に言った。
「6連勝して浮かれている選手は誰一人としていないと思います。多分、大事なのはここから。2位との勝ち点差をどんどん広げていかなければいけない。だからこそ、次の試合、目の前の試合にしっかり勝てるように準備していきたい」
高い目標を見据えながらも、焦点は次の試合に向いている。川崎F戦で抱いた“それ”をさらに確かなものにするために——。
(取材・文/原田大輔)