
つくばジュニア
「チビリンピック2026 JA全農杯 全国小学生選抜サッカー決勝大会」で4年ぶりの優勝
ベンチの指示から生まれたゴールではなかった。予め準備していたサインプレーでもなかった。
予選を戦うなかでのことだ。セットプレーを迎えた選手たちは、空いている味方を見つけ、自分たちの判断でボールを送った。そこからゴールが生まれた。
「普通にクロスを上げるのではなく、空いている選手を使った。僕が『こうしよう』と言ったわけではありません。選手たちが考えてプレーした結果でした」
鹿島アントラーズつくばジュニアの那須川将大監督は、その得点を大会を象徴する場面の一つに挙げた。
2026年5月、鹿島アントラーズつくばジュニアは「チビリンピック2026 JA全農杯 全国小学生選抜サッカー決勝大会」で4年ぶりの優勝を果たした。決勝では川崎フロンターレU-12を1-0で破り、頂点へたどり着いた。
簡単な試合は一つもなかった。それでも、試合を重ねるごとに選手たちはたくましくなっていった。
「一試合ずつ戦おうと伝えていました。その先に優勝や結果がある。できるか、できないかではなく、まずはやろうとすることが大事だと。失敗もしながら、成長していこうと話していました」
試合が終わるたびに課題を振り返り、次の試合へ向けて改善する。次第に、監督が言葉をかける前から選手同士の会話が増えていった。
「もっとこうした方がいい」「次はここを狙おう」。
勝ちたいという思いが、互いに要求し合うコミュニケーションへと変わっていった。
その変化には、一つのきっかけがあった。全国大会の前に経験したドイツ遠征だ。鹿島アントラーズとボルシア・メンヒェングラートバッハのパートナーシップの一環として現地を訪れ、アカデミーのトレーニングや指導法に触れた。
那須川監督の印象に残ったのは、選手が頭を休める時間のない練習だった。
ルールを理解し、周囲を見て、状況に応じた判断をしなければ練習そのものが成立しない。話を聞いていなければ、何をすべきか分からなくなる。指示された動きを繰り返すのではなく、自分で答えを探し続けることが求められていた。
「考えないとできないトレーニングでした。僕たち指導者も、見ながら『こうすればうまくいく』と考えていました。ただ、それをすぐ選手に教えるのではなく、まずは選手がどう考え、どんなプレーをするのかを見ることにしていました」
ドイツの育成を体感したことで、鹿島が大切にしてきた「個を伸ばす育成」の価値も再確認できた。一人で相手を剥がす力。目の前の相手からボールを奪い切る力。個の力で局面を動かす選手たちの姿は、現地でも十分に通用した。
だからこそ、鹿島の育成を変える必要があるとは考えなかった。
個を伸ばす。その軸は変えず、選手がより頭を働かせるための仕組みを加えていく。帰国後は、ジュニア年代の練習にも「考えなければうまくいかない」要素を少しずつ取り入れた。
ドイツ遠征が、そのまま全国制覇につながったわけではない。
それでも、選手に答えを与えすぎず、自ら考える時間をつくるという育成観は、世界を見たことでより確かなものになっていた。
その姿勢が、チビリンピックの舞台でも表れた。
試合ごとにヒーローが変わった。5年生も得点を決め、GKを含めた全員が自分の役割を果たした。攻撃力のある選手がそろう一方で、那須川監督が強く求めていたのは守備だった。
「攻撃しているだけでは勝てない。全員がサボらず、前からボールを奪いにいこうと伝えていました」
高い位置で奪い、素早くゴールへ向かう。押し込まれれば、全員が体を張って守る。いい守備からいい攻撃へ。鹿島らしい戦いが、勝利へとつながっていった。
ピッチの外にも、チームの成長は表れていた。
出場していない選手も、仲間のゴールを自分のことのように喜ぶ姿があった。試合に出られなければ誰もが悔しいもの。それでも、チームが得点を奪えば全員で喜び、苦しい時間には全員で声を掛け合う。
那須川監督は、普段から選手たちに二つの言葉を伝えてきた。
「競争と結束です。普段の練習では、味方もライバルです。でも、試合になったら一つになって戦わなければいけない」
日常には競争があり、試合には結束がある。その両方を備えたチームが、日本一になった。
「優勝したから、すべてが良かったわけではありません。優勝できなかったから、すべてが駄目ということでもない。何をやろうとしたのか、何にチャレンジしたのかを大事にしています」
全国制覇は、那須川監督にとって指導者としての初タイトルとなった。それでも、優勝だけを育成の答えにはしない。
「ジュニア年代だからこそ、失敗もたくさんしてほしい。失敗したときに、次はどうすればいいかを考えてほしい。そして、その上で勝利を積み重ねていく。その繰り返しが、選手を成長させると信じています」
目指す場所は、日本一のさらに先にある。
「トップチームで主役になれる選手、世界でも主役になれる選手を育てたいと思っています。同時に、人のことを思い、いろいろなことに貢献できる人にもなってほしい」
ドイツで得た学びと、日本一という経験。その両方を糧に、自ら考え、判断し、仲間と答えを導き出せる選手を育てる歩みは、これからも続いていく。
