アカデミー・スクールスタッフ紹介
第1回 鹿島エリアスクールコーチ

茨城県と千葉県の計21カ所で開校しているアントラーズサッカースクール。
日々、スクール生の子どもたちにフットボールのすばらしさを伝えるコーチたちは、どのようなフットボール人生を歩み、どのような思いを胸にフットボールと向き合っているのか。
第1回はアントラーズのホームタウンを中心とする鹿島エリアの12名を紹介する。
タイトル獲得を目指すトップチームが汗を流すクラブハウスのピッチ。その横のフットサルコートに子どもたちの声が響き渡るなか、それに負けじと大人たちの楽しそうな声もピッチを包む。
「サッカーは喜びを感じるもの」
そう声をそろえるアントラーズサッカースクール鹿島エリアのコーチングスタッフは、笑顔を絶やすことなく、子どもたちとともにフットボールの喜びを味わっている。
なかでもひと際甲高い声を放つのが、池田耕平コーチだ。「子どもたち以上に大人の自分が喜びを感じていれば、おのずと子どもたちも喜びを感じてくれるはず。誰よりも大きな声で明るく、はつらつと取り組んでいると思っています」と自負するほどの、アントラーズスクールの元気印。地元である大阪府の高校を卒業してから“ほほ笑みの国”とも呼ばれるタイへと渡ってフットボールと向き合った。「子どもたちにはサッカーを通じて、誰とでも仲良くなってもらいたい」と、海外での生活経験を踏まえてスクール生とフットボールに喜びを感じている。

いつも明るく元気な池田耕平コーチ。タイでのプレー経験も持つ
東京国際大学時代に学生コーチとして指導者の道を歩み出した島田周コーチも「子どもたちと一緒にサッカーから喜びを感じること」をモットーに掲げる。鳥取県・米子北高校時代には1学年下の佐野海舟選手とともにプレーし、今では「海舟のプレーを見てもらいたい。自分は一緒にプレーして、彼のすごさを知っているので」と、後輩を子どもたちのお手本に挙げる。島田コーチ自身は浦和レッズや大宮アルディージャのお膝元である埼玉県で生まれ、「アントラーズは強いイメージしかない」と幼少期から勝利を追求する姿を目の当たりにしてきた。それゆえに「子どもたちには喜びを感じてもらいながらも、勝負にこだわってほしい。それがアントラーズの選手像だと思うので」と、フットボールから得る喜びとともに競争の厳しさも子どもたちに伝えている。

喜びとともに勝負へのこだわりも子どもたちに求める島田周コーチ
コーチングスタッフのなかでも「勝負にこだわる姿勢」を人一倍に重要視しているのが半田尚之コーチだ。ホームタウンの一つである潮来市で生まれ育ち、ジュニア、ジュニアユースとアントラーズでプレーしたアカデミーOBでもある。市立船橋高校(千葉県)、立正大学(埼玉県)と他県の名門校でプレーし、「地元を出て、他の地域で育った選手たちと一緒にプレーし、自分がまだまだ未熟なことを知った」と経験を積んだ。慣れ親しんだクラブハウスは今でも「ピリッとした空気感があるから、どこか緊張してしまう(苦笑)」というが、2021年にコーチとして戻ってきてからは「1人でも多くの選手がトップチームまでたどり着けるように、少しでも力になれれば」と後進の育成に励んでいる。

アントラーズアカデミーOBでもある潮来市出身の半田尚之コーチ
櫻井翔太コーチも全国屈指の名門校出身だ。群馬県の前橋育英高校を卒業し、東京国際大学を経てアントラーズアカデミーにやってきた。「高校時代からエンブレムを着けて、チームを背負う責任」を持ちながらフットボールと向き合い、今は「自分が小学生の頃はいつも優勝していた、Jリーグのなかでもトップクラスのチーム」であるアントラーズのエンブレムを胸に刻む。「このエンブレムを着けて働けることはすごいこと」とより一層、その重みを感じている。「子どもたちに“楽しい”って言ってもらえることがやりがいになる」と語る櫻井コーチはこのクラブで指導者として働ける喜びと責任を胸に抱き、子どもたちにエンブレムの誇りとプライドを伝えている。

アントラーズのエンブレムの重みを感じ、誇りを持つ櫻井翔太コーチ
そのエンブレムを「身近な存在でありつつも、憧れの存在」と表現するのは髙安良徳コーチだ。千葉県銚子市出身で、幼い頃からアントラーズの試合を見るためにカシマスタジアムへ通った。学生時代はGKだったことから曽ケ端準ユースGKコーチに憧れ、現在は同郷の鈴木優磨選手が好きだという。「チームのために戦う選手が好き」だというように、スクールではトップチームの背番号40が体現するスピリットを子どもたちに伝えながら、「この地域の子どもたちが、もっとアントラーズに関われるようになれば」と地域の未来を見据えている。

幼少期からカシマスタジアムに通い、アントラーズを応援してきた髙安良徳コーチ
岩倉翼コーチも「選手を思う気持ちは誰にも負けたくない。常に選手を信頼して、選手のために全力を尽くしたい」と、他のコーチに負けないくらい子どもたちに愛情を注ぎながらスクール活動に向き合っている。神奈川県の桐蔭学園高校ではトップチームの早川友基選手より1学年上の先輩として一緒にプレー。2021年にはアカデミースタッフ(岩倉コーチ)と選手(早川選手)という立場でアントラーズに同期加入した。「人として成長できれば、おのずとサッカー選手としても成長できる」という信念を胸に、ピッチで子どもたちに声を送り続ける。

桐蔭学園高校の後輩である早川選手と同時期にアントラーズに加入した岩倉翼コーチ
芦田仁コーチと大桃海斗コーチはアカデミーのスカウト活動をメインにしつつ、サッカースクールでも子どもたちと接する。「子どもは“宝”。子どもたちの未来に触れる大人がしっかりと自覚を持って接しなければいけない」という芦田コーチは、アントラーズに加入する前はジュニアチームの指導から、社会人の関東リーグで戦う栃木シティFCの強化部まで、幅広い現場経験を持つ。一方、新潟県出身の大桃コーチはAC長野パルセイロやFC大阪でプロ選手として活躍した。昨年に現役を引退し、今年からアントラーズで現職に就き、「現役時代よりも、現在のほうがフットボールに関わっている時間が長い。サッカー関係者と接することも増えたことが新鮮」と充実感をのぞかせる。
2人ともスクール活動に参加する時間は限られているものの、「子どもと接するだけでエネルギーをもらえる」(芦田コーチ)、「子どもたちが純粋にサッカーを通じて喜んでいる姿を見るとうれしくなる」(大桃コーチ)と、子どもたちのフットボールに打ち込む姿勢に刺激を与えられている。

これまでの豊富な経験を生かしてアントラーズで子どもたちと向き合う芦田仁コーチ

芦田コーチとともにスカウト活動も行いながらスクールにも参加する大桃海斗コーチ
そんなコーチングスタッフ陣を束ねるのが、増茂慎介チーフコーチと松尾康佑サブチーフコーチだ。松尾サブチーフコーチは横浜F・マリノスのアカデミーでプレーし、当時からアントラーズの「古き良き伝統とチャレンジ精神」に一目置いていた。愛媛県で過ごした幼少期から、「アントラーズの大ファンだった」という実兄とともにアントラーズの試合を見て育ったため、今ではそのエンブレムを胸に仕事ができることに「不思議な感じです」と笑みを浮かべる。社会人となってからは多彩な職種を経験し、そのたびに“チャレンジ精神”を持って取り組んできた。「正直、環境が変わることは苦手だが、環境を変えることで成長してきた。環境も含めて、いろいろなことにチャレンジすることが大切です」と、自らの経験を子どもたちにも還元する。

“チャレンジ精神”の大切さを子どもたちに伝える松尾康佑サブチーフコーチ
増茂チーフコーチは20年近い指導者としてのキャリアを持つベテランコーチだ。2011年、ブラジル人のキッカ氏が鹿島ユースの監督を務めていたときに通訳兼コーチとしてアントラーズに加入し、2016年にアントラーズサッカースクールのコーチになった。これまで8年間にわたり鹿島エリアのスクール生と接し、「アントラーズのホームタウンを拠点としているので、より日常にアントラーズの存在があるように思います。カシマスタジアムに試合を見に行ったり、クラブハウスに練習を見学しに行ったり」と、フットボールが息づく街の子どもたちの特徴も把握する。鹿島エリアの子どもたちがトップチームを身近に感じるなか、増茂チーフコーチは「もちろん大変なこともありますが(苦笑)、好きなサッカーの仕事ができているので、日々楽しさを感じています」と育成に向き合う毎日だ。「選手の育成とともに、コーチングスタッフの育成も重要」というように、今日もその豊富な経験を糧に鹿島エリアのアントラーズサッカースクールを支えている。

アントラーズサッカースクールのコーチとして8年目を迎えている増茂慎介チーフコーチ
今年、新たに小熊樹稀コーチと大竹伸一郎コーチも加わった。20代前半の若い2人のコーチは「サッカー指導者のプロフェッショナルとして成長できるように意識しながら取り組んでいます」(小熊コーチ)、「まだ指導者としての経験が少ないことは言い訳にせず、子どもたちと全力で向き合い、一緒に成長していけたらと思います」(大竹コーチ)と、それぞれアントラーズサッカースクールでの活動に意欲的に取り組んでいる。

JAPANサッカーカレッジでサッカーコーチングを学んだ小熊樹稀コーチ

日本体育大学で選手としてもプレーした大竹伸一郎コーチ
多種多様な経歴と、それぞれの思いを胸に宿す総勢12名のコーチングスタッフ。彼らがアントラーズのホームタウンを中心とする鹿島エリアの子どもたちに、これからもフットボールのすばらしさと、そして何にも負けないフットボールから生まれる喜びを伝えていく。
