
DF岩永 佳樹
MF殿岡 諒大/MF中川 天蒼/MF佐藤 湧斗/MF上野 瑛汰
三冠の舞台裏で、ユース3年生たちはお互いをどう見ていたのか。用意されたカードのテーマを手がかりに、仲間が仲間を語り描いた物語。練習、試合、日常の一場面から浮かび上がるのは、14人それぞれの輪郭だった。数字や結果だけでは伝わらない、チームを支えたパーソナリティとは。(第3回/全4回)
DF 岩永 佳樹

愛される理由は、走り続ける背中にある
「普段は無口だけど、とにかく可愛い」。岩永佳樹について、チームメイトみんなが口を揃える。しかし、ひとたびピッチに立てば、その印象は一変する。
「GPSの数値はフィールドの選手のなかで一番いい数字を叩き出す。バケモンです」(髙木輝人)
数字が示す通り、岩永の走行量は群を抜いていた。
本人は特別な自覚はない。
「特別なことをしている意識はないです。走るのは当たり前かなって」
気づけば一人で走りに行く。誰かに言われたからではない。自分の基準で、自分を追い込む。その姿を、チームメイトは何度も見てきた。
「一人でいきなり走りに行っちゃう。ロケットみたいでしたね」
「練習で守備対応の流れからいきなりダイビングヘッドを見せたこともありました。あれを見て、俺もやらなきゃと思いました」(近藤大祐)
全力で取り組む姿勢が表れた場面だった。本来なら無理をしなくていい場面。それでも全力で体を投げ出す。その一瞬のプレーが、周囲のスイッチを入れた。
声で引っ張るタイプではない。それでも、無意識のうちに先頭に立ち、背中で示すタイプ。だからこそ、自然と愛される。甘さではなく、真面目さと継続が信頼を生む。岩永佳樹は、日本一の練習を静かに支え続けた存在だった。
MF 殿岡 諒大

寮の番人、気配りを覚えた一年
寮長としての仕事は地味だが、責任は重い。
「みんながちゃんとやっているかを見るだけなんですけど……意外と大変でした」
殿岡諒大にとって、この一年はサッカー以外の部分で多くを学ぶ時間だった。係がきちんと機能しているのか。誰かが困っていないか。ピッチ上では見えない部分に、常に目を配る必要がある。
注意するだけでは終わらない。うまく回っていないと感じたときは、自分で動いて補うこともあった。責任を背負う立場を、初めて経験した。その姿を、周囲はよく見ていた。
「寮のことをちゃんと見てくれていたし、安心感がありました」
そう振り返るのは、同じく寮生活を送ってきた近藤大祐だ。また、チーム内で相談役を担っていた三浦直人も、殿岡の存在をこう語る。
「目を配ってくれているのが分かりました。何かあっても、殿岡がいれば大丈夫だなって」
唯一の失敗は、まさかの寝坊だった。朝の点呼で起きられず、誰も起こしに来てくれなかった。
「ちょっと悲しかったです(笑)」
寮長は“起こす側”。だからこその全員が笑顔になったエピソードだ。
ピッチ外で培った視野は、プレーにもつながっていく。人を見ること、全体を見ること。その難しさとやりがいを知った一年が、殿岡諒大を一回り成長させていた。
MF 中川 天蒼

負けず嫌いが、前に出る理由
迷わず手にしたカードは「実は一番、負けず嫌い」だった。選んだ理由を問われると、中川天蒼は即答した。
「だいぶ負けず嫌いです。スタッフにもよく“九州男児”と言われるんですけど。確かに自分は何事にも、マジで負けたくない」
試合で右サイドを組む髙木輝人と朝比奈叶和は、前後から見て同じ印象を抱いていた。
「とにかく試合でも練習でも負ければ悔しそうにする」(髙木輝人)
「1対1で止められたときとか、次は抜いてやるという雰囲気がある」(朝比奈叶和)
一度負ければ、次は必ず取り返す。その執念は、プレーの端々ににじむ。本人もその性分を自覚している。
「試合中はもちろんですが、まずチームメイトに負けたくないという気持ちがあります。練習中の対人やゲーム形式で負ければ、悔しさが残る。次は勝ってやろうと思って、自分からガッツリいっちゃうときもあります」
その姿勢は、プレーだけでなく主張にも表れる。自分の考えがはっきりしているからこそ、譲れない場面も多い。自分の考えを強く持ちすぎて、味方と衝突してしまう場面もあった。
「頑固な一面もだいぶあると思います。自分の考えをぶつけ過ぎてしまって、試合でチームメイトと喧嘩したこともあります。(髙木)輝人ともよくありました。輝人は優しいので、そのまま流してくれるんですけど」
サイドでボールを持った場面。自分の選択の方が得点につながると信じ、強く主張。「自分の頑固さが前に出すぎていた」と振り返る。それでも中川は、この性分を否定しない。
「この負けず嫌いな気持ちは、自分を向上させるために大事なことだと思っています」
衝突も、悔しさも、成長の途中にあるものだ。勝ちたい気持ちを誰よりも強く持つ。中川天蒼はその感情と向き合いながら自分の幅を広げてきた。負けず嫌いは、彼を前へ押し出す原動力であり、今も磨き続けている武器の一つになっている。
MF 佐藤 湧斗

12キロが語る、覚悟と継続
「体づくりオタク」のカードを見るにつけ、すぐに佐藤湧斗の手元に渡る。チームメイトみんながうなずいた。
小柄な体でユースに加入した佐藤湧斗は、自分の現在地を正確に見つめていた。
「フィジカルもスピードも、自分のウィークだと思っていました」
強度の高い日常の中で、その弱点から目を逸らすことはできなかった。
選んだ答えは、徹底した体づくりだった。3年間で体重は約12キロ増。そのほとんどが筋肉だ。
「元々細かったので、とにかく食べて、鍛えるしかなかったんです」
夜は寮の部屋で腕立て伏せを繰り返し、汗だくのままベッドに倒れ込むこともあった。
「一時期、汗かいたままベッドに入っていたくらい(笑)、とにかく筋トレをやっていましたね」(髙木輝人)
やり過ぎだと言われるほどの量。それでも、手を止めなかった。
体づくりは、スタッフの助言も支えだった。
「里内さんやイチさんに『やれ』と言われたことを、信じて続けました」
食事、補強、トレーニング。日常を変えることに、迷いはなかった。
変化は数字だけではない。
「懸垂、最初は本当にできなかったんです」
周囲から指摘され、悔しさをきっかけに補強に向き合った。今では10回以上を安定してこなすまでになった。
「夜、自分の部屋でずっと腕立てしていたよね」(近藤大祐)
誰かに見せるためではない努力を、仲間は確かに見ていた。弱点を直視し、日常を変え続けた3年間。その積み重ねが、プレーの安定感と自信につながった。
佐藤湧斗の12キロは、偶然ではない。覚悟と継続、そのすべてが刻まれた重さだった。
MF 上野 瑛汰

勝ち負けより、プレーできる喜び
上野瑛汰は、ユース年代で二度の大きなケガを経験した。復帰しても、またケガ。ピッチに戻ろうとするたび、リハビリの日々が続いた。それでも彼は、立ち止まらなかった。
長いケガの治療期間を知るからこそ、彼の言葉は重い。
「勝ち負けというより…プレーできることが嬉しかったんです」
サッカーができる時間の価値を、誰よりも実感していた。リハビリ期間中も、上野は特別な態度を見せることはなかった。
「弱いところを見せていなかった。あれだけの長い期間ですからね。本当に尊敬できる存在です」(三浦直人)
苦しい状況でも感情を表に出さず、淡々と準備を続ける。その姿勢が、周囲の印象に強く残っていた。
同じように怪我を経験した仲間にとって、上野の存在は指標だった。
「自分もケガして、半年くらい離脱したんですけど、正直きつかったです。でも、上野はそれより長い期間ケガと向き合っていて、それでも弱いところを見せずにやっていた。その姿を見て、自分も頑張らなきゃと思いました」(中川天蒼)
同じように怪我を経験したからこそ分かる苦しさ。その中で、上野の姿勢は仲間にとって支えになっていた。
復帰後も順風満帆ではなかった。コンディションが上がらず、思うようにプレーできない時期もあった。それでも、上野は焦らない。
「まず、またピッチに立てていることが嬉しい」
その感覚を大切にしながら、できることを一つずつ積み重ねていった。
派手な言葉で引っ張ることはない。ただ、逃げずに向き合い続ける。その姿が、チームに静かな影響を与えていた。
上野瑛汰の“大人さ”は、年齢ではなく、諦めなかった時間が育てた強さだった。