
ボルシア・メンヒェングラートバッハ(ボルシアMG)の育成現場で選手たちを待っていたのは、見る、考える、判断することを絶えず求められるトレーニングだった。1対1、対人、個の技術を磨いてきたアントラーズとは異なるアプローチに、選手たちは戸惑いながらも少しずつ適応していく。そして指導者たちが見つけたのは、新しい育成方法だけではなかった。世界を見ることで改めて気づいた、アントラーズが積み重ねてきたものの価値。異なる二つの育成から、選手をさらに伸ばすための可能性を探る。(第2回/全4回)
ドイツへ渡ったアントラーズアカデミーの選手たちを待っていたのは、これまでとは少し違うトレーニングだった。
「考えないと進まないようなメニューが多かった」
アカデミーマネージャーの鈴木修人はそう振り返る。
ボールが一つとは限らない。複数の色のビブスが使われ、コーチから出される指示によって役割が変わる。目の前のボールだけを追っていればいいわけではなく、周囲を見て、状況を把握し、次に何をするのかを判断しなければならない。鹿島が長く大切にしてきたものとは、アプローチが違った。
「アントラーズはブラジル色が強いですし、どちらかというと個人、対人、『1対1で負けるな』というサッカーをやってきた。だから、本当に違う練習ばかりでした」
どちらが正しいのか。今回の遠征でアントラーズの指導者たちが見つけたものは、その答えではない。むしろ、自分たちとは異なる方法で同じ「選手を育てる」という仕事に向き合うクラブを目の前にしたことで、これまでの育成を別の角度から見つめることになった。
篠原義貴(鹿島JY監督)は、アントラーズとボルシアMGの違いをこう捉えている。
「アントラーズはブラジル路線なので、個人の技術的なところへのアプローチをメインに据えています。一方でボルシアMGでは、認知や予測だったり、どうやったらメリットを取れるのかということを、グループのなかで解決する作業をすごく求めていた。求め方が集団に対してリクエストしているのか、それともその子に対して『これで解決しようよ』と言っているのか。その違いは大きいなって。『これもサッカーだよな』って。引き出しがすごく増えました」
アプローチの違い。篠原にとって、それはアントラーズが積み重ねてきたものを否定する材料にはならなかった。その違いを、選手たちは体感していった。

坂本光(ノルテJY監督)が印象に残ったと話すのは、一人の理解が全体に影響するように設計されたトレーニングだった。
説明を聞いていなければ、次に何をすればいいのか分からない。一人が止まれば、周囲の選手もスムーズにプレーできなくなる。
「一人だけできていないからそいつがダメというよりは、そいつができないとみんなもできなくなる。個人じゃなんとかならないから、よりつながりというか、連携が大事になる瞬間が多かったです」
いつもと違う刺激に、すぐ適応する選手もいれば、時間がかかる選手もいた。普段のトレーニングでは見えにくかった選手の一面が表れる。それは指導者にとっても、新しい発見だった。
那須川将大(つくばジュニア監督)も、同じような光景を見ていた。
「最初はやったことのないトレーニングがあって、すごく戸惑ったり、話を聞いていないと全然違うことをやってしまったりというのは見受けられました」
だが、日を重ねるにつれて変化も生まれた。どうすればうまくいくのか。何を見なければいけないのか。選手自身が少しずつ答えを探し始める。
「日を重ねるごとに、『こうすればうまくいくんだ』というのをつかみ取る選手は増えてきて、そこは刺激になっていたんじゃないかなと思います」
指導者側も、すぐに答えを与えなかった。ボルシアMGの指導者のトレーニングを見ながら、スタッフ同士で「こうすればうまくいくのではないか」と考える。それでも、それをそのまま選手に伝えるのではなく、選手がどう考え、どうプレーするのかを見ていたという。そこで那須川はドイツから持ち帰った大きな発見があった。
「ただの反復ではなくて、それぞれに役割があったり、頭を休める時間がない。自分から考えてやらないと、その練習に参加できない。そういうトレーニングの組み方、プランニングはすごく勉強になりました」
ただ、アントラーズの指導者たちがドイツで見たのは、自分たちに「足りないもの」だけではなかった。試合になれば、相手を上回る場面も多くあった。1対1で相手をかわす。前へ出てボールを奪い切る。自分の力で局面を動かす。
那須川は、現地であらためてアントラーズが磨いてきたものの価値を感じたという。
「アントラーズとして個を伸ばすというところは通用した。僕ら指導者も、この育成の仕方でもっともっとやっていけば、世界でも通用する面白い選手が出てくるのかなという可能性をすごく感じたので、自信になった遠征だったと思います」
篠原もまた、違うアプローチを知ったからといって、アントラーズの軸そのものを変える必要はないと感じていた。
「考え方は変わりません。技術的に突出していく選手を生み出していくというのがまず基本にあって、その技術をどう使うのかというところは、もっと伝えていければいいかなと思います」

技術を身につけることが目的になるのではない。目の前にある状況を解決するために、その技術を使う。ボールを持ってから相手を見るだけではなく、ボールが来る前から周囲を見て、次に起こることを予測する。鹿島が磨いてきた「個」を捨てるのではなく、その個を、より多くの状況で発揮できる選手へ育てていく。
世界で異なる育成を見たことで、その先にあるものが少しずつ見え始めていた。だからこそ、帰国後にボルシアMGのトレーニングをそのまま持ち込んだわけではない。
坂本は、それまでのトレーニングに少しだけ条件を加えるようになったという。
「大きくは変わらないですけど、気持ちいつもよりビブスを多く使ったり、反応するようなものも入れたり。もちろん個人にフォーカスしながら、頭も使うというところは以前より多くなりました」
那須川も同じだった。
「そのままやっているわけじゃないです。うまく融合させながら、考えさせるトレーニングも入れたりしています」
ドイツ式へ変えるのではない。鹿島が大切にしてきたものに、新しく知った刺激を加える。そして帰国後に、その変化は選手たち自身の行動にも表れた。
大会を戦うなかでのことだ。ピッチ上で選手たちが状況を見て、自分たちでプレーを選んだ。指導者からあらかじめ「こうしよう」と伝えられていたものではない。
「そのときの自分たちの判断で、『ここが空いている。じゃあ、ここを使おう』というのでゴールが生まれたところがありました。振り返ってみれば、そういうところは自分たちで考えてプレーしていたのかなと思います」
那須川自身、もともと選手自身が考えることを大切にしてきた。今回、異なる育成を実際に目にしたことで、その重要性を改めて感じ、考えさせるための方法にも新しい引き出しが加わった。
世界へ出て、自分たちとは違うものを見る。そこで得られるのは、新しい方法だけではない。自分たちがやってきたことの価値にも気づく。変えるべきものと、変えなくていいものを考える。そして必要なものだけを、自分たちの育成へ加えていく。
「どっちもサッカーです」
篠原の言葉は、今回の遠征で鹿島の指導者たちが得たものを端的に表しているのかもしれない。
一つの正解を持ち帰るのではなく、選手を育てるための選択肢を増やす。鹿島が世界を見る意味は、そこにもある。