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 沖悠哉が念願のプロデビューを飾ったのは、2020年8月8日の明治安田J1第9節鳥栖戦。あの日から早くも1年が経つ。試合前、緊張で顔をこわばらせていた彼はもういない。今季は開幕からここまで、チームで唯一のリーグ戦全試合フル出場を果たし、いまや不動の守護神として堂々たる振る舞いをみせている。本人もシーズン前半戦を振り返り、自らの成長の実感していた。

「試合への出場を重ねるごとに、自分の見えるものや感じることが変化していった。以前よりも、より一層、客観的に、落ち着いてプレーできるようになっていると思う」

 経験を積んだことで、見える景色は変わってきた。初めて経験するアントラーズのファーストGKという立場。その責任感や重圧も、精神的な成長をより加速させた。

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「昨年は先輩に助けてもらう場面が多くて、自分のことだけやっていればいいという状態だった。今年はまた若い選手が入ってきて、立場も変わってきていることを自覚している。試合に出場させてもらっているから、より勝ちたいと思うし、ピッチ上で味方の対応が自分の考えと違う場合は、話し合わないといけない。叱咤しないといけない場面は、厳しく言わないといけない」

 いつの間にか、表情は随分と逞しくなり、一つひとつの言葉からは自信が感じられるようになった。本人が今季のテーマに掲げているという「存在感」も、日に日に増している印象だ。

「(精神的に余裕ができたことで)相手選手の状況も把握できるようになり、その中で味方のコンディションもある程度、把握できるようになった。GKが落ち着くことで周りに与えられる影響があるし、それはフィールドの選手たちが感じてくれる。自分の態度はみんなが見てくれるので、立ち振る舞いは意識するようにしている」

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 最後尾からチーム全体を動かす。GKの存在が勝敗の行方を左右する。沖が尊敬してやまない偉大な先輩から学んだことだ。

「ソガさんやスンテさんに比べると、まだ全然かなわない。ただ、今年1回、アウェイ名古屋戦でシュートを未然に防いだ場面があった。自分の声の力(がすべて)とは思わないけれど、(自分の声かけで)味方が身体を張って、献身的に走ってくれた。声は味方のモチベーションにもつながると思うし、味方の心理状況まで気を配れるようになった点は、昨年と違う成長した部分かなと思う」

 そんな自らの成長を実感する沖だが、どれだけレベルアップしようと、現状に満足することはない。「自分の心と向き合うことが必要。日々の練習を大切にすることが試合につながると思うので、謙虚に続けていきたい」と、デビュー前と変わらぬ真っ直ぐな目で話す。

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 しかし、底知れぬ成長意欲は、ときに己を苦しめる。自問自答を繰り返すなかで、難しい問題に直面することもある。

「(試合に出場するとき)いままではガチガチな(緊張)状態だった。今はある程度落ち着いて、士気を高めないで臨むこともできる。だけど、その心理状況で試合に臨んでいいのか(まだわからない)」

 GKはメンタルが重要なポジションだと言われる。精神的な浮き沈みは一瞬の判断を狂わせ、正しいプレー選択を難しくする要因となり得る。一流のGKになるためには優れたメンタルコントロールが必要となるが、習得はそう簡単なものではない。

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 ただ、そんな先の見えないような課題に直面しても、沖は冷静かつ楽観的に物事を捉えている。「こういった経験を重ねていけば、自分の(理想とする)GK像に近づけると思う」と話し、「まだ試合を楽しめる状態にはなれていないので、楽しめるところまで到達したい」と、自らの課題さえもモチベーションに昇華させる気概をみせた。

「自分をポジティブにさせてもらえる素晴らしい環境が、ここアントラーズにはある。試合後には、映像を編集してもらい、洋平さん(佐藤GKコーチ)と毎回振り返っているし、今シーズンはそこにソガさんも加わってくれて、自分のプレーや判断についてアドバイスをしてもらえる。さらに、コーチ陣からビルドアップについて意見をもらえれば、スンテさんは飲水タイムやハーフタイムのたびにアドバイスをしてくれる。山田や早川くんも含め、みんなで高め合える環境があることに感謝しなければいけない」

 立ち止まっている暇はない。「自分があぐらをかいてしまえば、すぐに追い越されてしまう環境がここにはある」と力強く話す。同じ世代が戦う世界の舞台に出場できなかった悔しさも、いまの彼にとっては成長の原動力だ。

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「試合にすら出れていなかった昨年の立場からは考えられないことだし、この約1年間でここまで(成長)させてもらったことに感謝しかない。もちろん、落選に関して言えば、本当は選ばれたかった。ただ、実力がないことを素直に認めて、成長していくしかないのかなと思う」

 どんな目標も通過点に過ぎない。目指すべき頂は、さらに高い場所にある。彼はどこまでも謙虚な人間だが、「ゆくゆくは代表でプレーしたいし、もっともっと成長していきたい」と野心も隠さない。ただ、もちろん浮足立つこともない。「まずはアントラーズで結果を残すことが一番」と、目の前の試合で全力を尽くすことを誓う。

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「僕らは苦しいときこそ、満男さんやソガさんの背中を思い出して、やり続けることが大切だと信じている。アントラーズ(の一員)である以上、勝利が絶対だということはわかっているし、そこへの責任感も芽生えている。この責任は誰もが感じられるものではない。それを背負える者の1人として、プレッシャーを楽しみつつ、成長していきたい」

 日進月歩の成長を遂げる我らが守護神、沖悠哉にアントラーズのゴールマウスを託す。

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