「選手だったときから、剛さんにはよく声をかけてもらってました」
土居聖真は懐かしんだ。アントラーズユースに在籍していたとき、トップチームの練習に参加すると、大岩監督はいつも声をかけてくれた。それは、2011年に土居がユースからトップチームへ昇格し、大岩監督が現役を引退してアントラーズのコーチに就任しても、変わらなかった。いつも声をかけて励ましてくれた。
トップチームに昇格してからの約2年半、土居は出場機会に恵まれずにいた。技術では負けていない自信があったものの、なかなか試合に絡めない。練習で調子が良くても、試合で試される気配はなかった。何が足りないのかわからない。控え組でひたすらトレーニングに励む日々が続き、心はもう折れかけていた。そんな雌伏の時を過ごす土居に、前向きな言葉を送り続けていたのが、剛さんだった。
「お前には絶対に人と違う能力がある。いい能力を持っているんだから。腐らずにやろう。こんなプレーをしている選手じゃない」
土居はこの言葉に救われた。「コーチになってからも、試合に出れていないときも、『腐らずにやっていこう』と前向きな言葉をたくさんかけてもらいました。印象に残っていることはたくさんあります」。進むべき道に導いてくれた大岩監督への感謝は、今もなお忘れていない。
大岩監督からの励ましもあり、ひたむきに努力を続けた土居は、トップチーム昇格3年目のシーズン途中から徐々に出場試合数を増やしていった。そして、4年目の2014年に才能が開花。リーグ戦全試合出場を果たすなど、一気に飛躍を遂げた。翌年には、小笠原満男や野沢拓也などがつけた伝統の「背番号8」を継承し、主力選手としての地位を確立していった。2017年のシーズン途中に大岩監督が指揮官に就任してからも、共闘の日々は続き、同年のリーグ戦最終節では屈辱を味わったが、2018年にはクラブの宿願だったACL制覇をともに成し遂げた。
そして、迎えた2019年、土居はチームの中心選手として信頼に応える活躍を見せ、自身初となる『Jリーグ優秀選手賞』を受賞した。しかし、チームとしては3つのタイトルを落とす結果となり、2019年12月11日、大岩監督の今季限りでの退任が発表された。
9年間に渡り、共闘してきた二人だが、ともに戦う日々はもうすぐ終わりを告げる。残すタイトルはただ一つ、天皇杯のみとなった。土居は何か特別な想いを抱いているのだろうか...。最後の共闘について尋ねてみた。
「もちろん、剛さんだから『退任が残念』とかは思ってはいけないと思います。どんな監督であっても、どんな選手であっても、そのチームに一生居続けれるっていうのは、なかなか難しいことだと思います。剛さんも監督を受けたからには、いつか終わりが来るというのは、分かっているはずだし、もちろん(選手の立場として)僕もそうだし。そういう世界で、一生そこにいれるという保証はないので」
意外にも返ってきたのは、必要以上に情を入れない、というシビアな答えだった。毎年のようにやってくる別れと新たな出逢い。厳しいプロの世界で9年間生き続けた男は、それを痛いほど知っていた。
だが、ともに戦った月日は最後の一言にあった。
「今までやってきた感謝とか想い出を、もう一度思い返して、それを感じながら、試合に臨みたいです」
ともに戦い続けた9年間、すべての感謝を伝えるときがきた。彼ならば、きっとやってくれる。土居聖真が必ずアントラーズを決勝の舞台へと導く。
PART1 犬飼智也編はこちらからご覧ください。
PART3 三竿健斗編はこちらからご覧ください。
PART4 永木亮太編はこちらからご覧ください。