FREAKS

折れない心、立ち向かう勇気

FACE 樋口 雄太

アントラーズ戦士たちの軌跡

特集

樋口 雄太

2023/2/1

それでも樋口が前を向き続けることができたのは、近くに手本となる存在がいたことが大きかった。21年に現役を引退するまで、鳥栖で通算16シーズンを過ごした高橋義希だった。樋口がその大きな背中について語る。

「義希さんは、試合に出ているときも出られないときも本当に態度が変わらず、常にやるべきことをやっている人でした。キャンプでも義希さんとは同部屋で、そうした姿勢をプロ1年目から見て、感じ、学べたことが、今に大きくつながっています」

自分自身もそうだったが、高橋もまた愚直にやり続けられる折れない心を持っていた。

「また、自分が主役になるのではなくチームのことを、それ以上にクラブのことを考えていた。義希さんは常にクラブがどうすればもっとよくなるかを考え、話してくれました」

アントラーズでプレーする今、樋口が常にファン・サポーターを思い、またクラブが行うさまざまな活動に協力的なのも、そうした影響があるのだろう。

プロとは何か──それを背中で示し続けてくれた高橋が、いつだったか明かしてくれたことがある。

「実は雄太がプロ1年目のときは、練習でも特に厳しく接していたんだよ」

思い返すと、自分がボールを持ったときには、他の選手以上に寄せが速かった。自分が仕掛けようとしたときには、激しい当たりでボールを奪い返そうとしてきた。樋口は知らず知らずのうちに鍛えられ、成長させてもらっていたのである。

そうした大切な人との縁を引き寄せることができたのも、樋口が現実から目を逸らさず、前に進んできたからだった──そして、チャンスをつかんだのも諦めない姿勢にあった。

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「間違いなく、あの試合が転機になりました」

コロナ禍で中断していたJリーグが再開されて間もない20年8月6日のFC東京戦(第8節)だった。2試合前からメンバー入りし、途中出場していた樋口は、ついにFC東京戦で先発出場する機会をつかむ。

「覚悟を決めて臨んだ年だったので、もし試合に出られなかったら移籍も考えなければと思っていました。シーズン序盤はメンバー入りすらできませんでしたが、やり続けたことで、徐々に周りの評価も変わり、先発出場するところまで巻き返すことができました」

マッチアップしたのは、かつてアントラーズにも在籍していたレアンドロだった。監督からは、「そこが試合の肝になるからガツガツいけ」と言われて送り出された。相手を食い止めることを第一に考え、激しくプレーすると、攻撃でもリズムをつかんだ。結果、自身も得点に絡み3─2でチームは勝利した。

「当時のチームがやりたいサッカーを体現できた試合でした。自分も得点にかかわれただけでなく、(73分に)交代するまで自分のプレーができていた感覚がありました。やっとつかめた、やっとここまで来ることができたなという思いでした」

FC東京戦を機に、大きく出番を増やした樋口は、プロ2年目の20年、リーグ戦28試合に出場し、第33節のC大阪戦では明治安田生命J1リーグ初ゴールを記録した。

「自信がなかったときは、パスを受けても逃げの選択をしてしまっていた。そのマインドが変わり、自分がチームを勝たせてやると思えるようになりました。自信があると、自ら打開するシーンも増えるし、ゴール前に顔を出す回数も多くなる。自信、メンタル……改めて気持ちが一番大切だと実感しました」

プロ3年目の21年は、鳥栖では4年間空白だった「10番」を背負い、重圧や責任と向き合ったことで、さらに一回り成長した。

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優勝してみたいから優勝しなければならないへの変化

アントラーズに加入することを決めたのは、自信がつき、次なる未来を思い描けるようになったからだ。

「日本代表に選ばれたいと思うようになったことが移籍を決断した理由でした。アントラーズは、これまで数多くの日本代表を輩出しているチーム。自分もそういった環境のチームで試合に出続けることができれば、自身の価値も高まり、目標に近づくことができると思った。あとは、タイトルを義務づけられたチームでプレーすることで、自分がどれだけ成長できるか試したいという思いもありました」

ディープレッドのユニフォームに身を包み、1年間、戦ったことで高まる思いがある。

「アントラーズに来る前は、『優勝してみたいな』というくらいの思いでしたが、今シーズンは自分自身も強くそう思っているように『優勝しなければいけない』というマインドに変わりました」

その自信がプレーに好影響を与えてきたように、意識の変化は、樋口をさらなる高みへ導こうとしている。

「今までは試合中に声を出すタイプではなかったですけど、自分がさらに成長するためには、言葉で発信していくことも必要だと思っています。性格的なところもあるので、いきなり変わるのは難しいかもしれませんが、言葉で伝えていくことで、周りからの信頼も増してくるはず。振り返ってみると昨季は、加入1年目ということで、まだまだ遠慮や自分自身にも甘かったところがあったように思います」

アントラーズで背番号14を選んだのは、プロとしての姿勢を教えてくれたあの人に、一歩でも近づくためだった。その背中は常にチームやクラブのこと考えていたように、樋口も今、チームやクラブという単位で、物事を考える選手になった。

そして──これまでもそうだったように、これからも、今の自分に目を背けることなく、樋口は突き進んでいく。その先に、アントラーズでの栄光と、日の丸を背負って戦う舞台があるはずだ。

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「大切なのは、折れないこと。逃げてしまったら、自分はそこで終わってしまうと、いつも思っていた」