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シン・ボランチ論

特集

2023/6/26

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ポルトガル語で「ハンドル」や「かじ取り」を意味するボランチ。

チーム浮沈のカギを握る男たちは、どのような信念を持ってピッチで戦っているのか。

アントラーズの攻守をつかさどる樋口雄太、ディエゴ ピトゥカ、佐野海舟をフィーチャーする。


中盤の底に位置するボランチは、最終ラインと前線をつなぐ重要な役割を担っている。ピッチ全方位に目を配りながら、守備に、攻撃に、果たすべき仕事は多岐にわたる。フィジカル的にもメンタル的にも、タフでなければ務まらないポジションだろう。

ダイナモ、汗かき、心臓、オーガナイザー、水を運ぶ人──。ボランチを巡る表現はさまざまだが、ポルトガル語で「ハンドル」や「かじ取り」を意味するとおり、刻一刻と変化する試合状況のなかで、いかに戦うべきか、チームの方向性を示していくナビゲーター的存在でもある。

モダンフットボールのエッセンスを取り込みつつ、日々、アップデートに挑み続けるアントラーズにおいて、このポジションを任されているのがディエゴ・ピトゥカや樋口雄太、佐野海舟といった面々だ。三者三様の持ち味を下地に、それぞれが自分ならではのボランチ像を作り上げている。

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2021年にブラジルの名門サントスから加入し、3シーズン目を迎えたレフティーのピトゥカは、エレガントなボールさばきとパスセンスに優れている。トニ・クロース(レアル・マドリード/スペイン)やチアゴ・アルカンタラ(リヴァプール/イングランド)のプレースタイルを好み、これまで参考にしてきたという。

最終ラインからボールを引き出し、長短のパスを使い分けながら、攻撃の起点となるだけではなく、ときには自らドリブルで持ち上がり、チャンスと見れば果敢にミドルシュートを狙う。良質かつ華麗なプレーの積み重ねが、技巧派と称されるゆえんでもある。

だが、そればかりではない。

相手選手と球際で激しく競り合うピトゥカは、「僕は誰よりも負けず嫌い」と常々口にし、チームの勝利のために全力を尽くす。ピッチ外では陽気なブラジル人そのものだが、ひとたびピッチに立てば、闘争心の塊のようなボランチなのだ。タイトルへの並々ならぬ思いも隠さない。

「アントラーズに来た意味、アントラーズにいる理由を考えたら、それはやはりタイトルを獲ること。今年こそ、その目標を成し遂げなければいけない」

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鳥栖のアカデミー出身で、鹿屋体育大学を経て、19年に古巣に戻り、昨年、新天地としてアントラーズを選んだ樋口は、無尽蔵のスタミナと機動力をプレーの基盤としている。

データがそれを裏づける。5月14日のJリーグ30周年記念スペシャルマッチ、明治安田生命J1リーグ第13節の名古屋戦が好例だろう。Jリーグでは試合ごとにトラッキングデータを公表しているが、総走行距離においてチームナンバーワンの12・455キロをマークした。足を止めないボランチ──。樋口は自身のモットーを次のように語っている。

「攻撃にも守備にも、いろいろなところに顔を出して、チームのために貢献したいと思っています」

多彩なボールを蹴り分ける樋口は、FKやCKといったセットプレーのキッカーも務めている。前述の名古屋戦では、右CKのチャンスから鈴木優磨の先制ゴールをアシストした。後半途中、ボランチから左サイドハーフにポジションを移すなど、フル稼働の働きぶりで、勝利の原動力となった。

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今季、J2リーグの町田からアントラーズに加わった佐野は、持ち前のボール奪取力を存分に発揮し、瞬く間に周囲の信頼を勝ち得た。球際での対応力はもとより、読みの鋭いインターセプトが際立っている。

「相手の目線を見つつ、周囲の状況を見つつ、ボールを出させて取るといった感覚が小学生のころからありました。インターセプトは自分の武器だと自負しています。ただ、試合のなかで、もっとボールを奪える瞬間があるし、奪うチャンスを逃してはいけない。そのためにも、味方を動かす声だったり、ポジション取りだったり、そういう部分をもっと改善していきたいです。自分のところでボールを奪えなくても、味方が奪えるような状況を作ることも大切だと考えています」

現在22歳。将来を嘱望される佐野がボランチとして評価を高めている理由は、ボール奪取力だけではない。身近でそのパフォーマンスを目の当たりにする岩政大樹監督が、こう期待を込める。

「守備面での高い能力は以前から知っていましたが、(シーズン前のトレーニングからキャンプ、今日までのトレーニングを見てきて)ボールを運ぶ力や展開力など、攻撃面での能力もすばらしいと感じました。そこは本当にうれしい驚きですね。周りがどんなに称賛しても浮つくような選手ではないし、ここからどこまで成長していくのか、楽しみでしかないです」

かつてボランチといえば、最終ラインの前に位置し、どっしりと構える守備的なイメージが強かった。だが、進化の一途をたどるフットボールのなかで、そういった固定観念は薄れつつある。

守備に専念するだけではなく、ビルドアップに加わり、チャンスを創出し、さらにはゴールも奪う。チームを勝利に導くうえで、不可欠かつスケールの大きな究極のフットボーラー。それが〝シン・ボランチ〟の未来像ではないか。

プレー強度や攻守の切り替え、連動性など、あらゆる面でのバージョンアップを目指す岩政監督にとって、ピッチ全体に影響を及ぼすボランチの進化が、チーム浮沈のカギを握っているといっても過言ではない。ピトゥカ、樋口、佐野はもちろん、彼らに続くボランチの突き上げや高い競争力も重要なファクターになるだろう。