
ドイツで見たものを、その場限りの経験で終わらせない。現地で得た新たな視点を選手へ伝え、指導者同士で共有し、アントラーズの日常へ還元していく。そして次は、別のスタッフが世界を見る。異なる育成に触れたからこそ見えてきた、自分たちが大切にしてきたものと、これから加えていけるもの。ボルシア・メンヒェングラートバッハ(ボルシアMG)との提携から生まれた経験を、クラブの財産へ変えていくために。全4回の最終回では、世界と鹿嶋をつなぐ、その先を見つめる。(第4回/全4回)
ドイツで得たものを、一人の経験で終わらせない。
ボルシアMGとの提携から実現した、U-15年代のドイツ遠征。その価値が本当に問われるのは、選手やスタッフが鹿嶋へ戻ってきてからなのかもしれない。
現地で見たものがある。感じたことがある。それぞれの立場で、新しく得た視点がある。それを持ち帰り、伝え、試し、また考える。世界で得た経験を、アントラーズの日常へどう循環させていくのか。
篠原義貴(鹿島JY監督)は、今回の遠征について「多くの収穫がありました」と振り返る。
ボルシアMGで見た異なるアプローチを、そのままアントラーズへ持ち込もうとしているわけではない。自分たちが大切にしてきたものを軸にしながら、目の前の選手に必要なら、新しく知った方法を一つの刺激として加えていく。
「できないことを、できるようにすることがコーチの役割だと思っています。全部じゃなくても、1週間で20分だけでもそういう練習を入れて、できることが増えれば、子どもたちの自信にもつながる。どっちもサッカーなんだから」
重要なのは、ドイツで見たトレーニングを再現することではない。これまでとは違う方法を知ったことで、指導者の選択肢が増えたことだ。
そして、その選択肢を現地へ行った指導者だけが持っていても、アカデミー全体の財産にはならない。
「子どもたちにうまく伝え、今回ドイツに行っていないコーチたちにも伝えていかなきゃいけないと思っています。練習メニューだったりを相談したり、やっているところを見てもらったり。それで新しく価値観がブレンドしていけばいい」
そうした共有を重ねることで、一人の指導者が海外で新しく得た経験が、少しずつアカデミーのなかへ広がっていく。

今回の遠征に参加したスタッフが持ち帰ったものも、それぞれ違った。
同じ育成現場を見ても、監督とGKコーチでは見る場所が違う。コンディショニングを担当するスタッフには、また別の景色が見える。
全員が同じ答えを持ち帰る必要はない。立場の違う人がそれぞれの視点で世界を見て、その経験を持ち寄ること自体が、クラブに新しい視点を増やしていく。
その循環は、ピッチの中だけに限らない。
今回、事業側から遠征に同行した佐藤沙希は、ボルシアMGに「迎えてもらう側」になったことで、今度はアントラーズが海外から人を迎えるときのことを考えるようになった。
「今回、私たちは行って、いろいろやってもらった側ですけど、海外の人たちと接してコーチングをするときに、どういう部分で困ったかとか、どういうことをしてもらえたらうれしかったか。そういうものを実際に体験することができました」
言葉も文化も違う場所で、何に困るのか。何をしてもらうとうれしいのか。トレーニングそのものではない部分にも、海外から選手やスタッフを受け入れるためのヒントがあった。
鹿嶋から海外へ行く。海外から鹿嶋へ迎える。
提携を活かしていけば、人の流れは一方向だけではないものへ広げていく可能性もある。海外のクラブを鹿嶋へ呼ぶことや、アントラーズ側から海外へ出て交流すること、さらにはスクール事業など、提携による広がりにも目を向けている。
そして佐藤が期待しているのは、同じ人が何度も海外へ行くことだけではない。
「そういうスタッフが今後、順繰りで入って、実際に持ち帰れるものがあるんだったら持ち帰ってこれた方が、クラブとしてはすごく勉強になると思います」
一人が見る。持ち帰る。共有する。次は別の人が世界を見る。そうやって経験が積み重なっていけば、海外遠征は参加した選手とスタッフだけの経験ではなくなっていく。
では、異なる世界を見る人が増えていったとき、アントラーズの育成には何が残っていくのか。
アカデミーマネージャーの鈴木修人が今回の遠征で強く感じたのは、世界には同じ選手を育てるという目的に対しても、異なるアプローチがあるということだった。
鈴木は、今回見たヨーロッパの育成と、アントラーズが長く影響を受けてきたブラジルの育成を、自身の感覚としてこう捉えている。
「僕が感じたイメージですけど、ヨーロッパは、まず頭、インテリジェンスみたいなものを育てて、その中で身体能力のある選手がプロになる感じ。ブラジルは、個人、1対1、目の前の相手との戦いに勝っていく。その中でインテリジェンスのある選手がプロになる」
目指しているものがまったく別ということではない。
そこへ至るまでに、何から育て、何を求めるのか。その順番やアプローチが違うということだ。
「ブラジルでは、目の前の戦いで負けたら生き残れないから、そこで『どうやって勝つか』を考えなきゃいけない。ドイツとは、その順番やアプローチが違うように感じました」
鈴木にとって、それは「どちらを選ぶか」という話ではなかった。
実際、ボルシアMGのスタッフと話してみれば、アントラーズがすでに取り組んでいることと「そんなに変わらない部分もあった」という。一方で、トレーニングのアプローチや選手を取り巻く環境には違いがあった。
世界を見ることで、自分たちと違うものが見える。同時に、自分たちと変わらないものも見えてくる。
だからこそ、外にある一つの方法を正解にするのではなく、違いを知ったうえで、自分たちは何を大切にするのかを考えることができる。
篠原も、ドイツで違う育成に触れたからといって、自分が目指しているものまで変わったわけではない。
「やりたいことは変わらないけど、やり方は変えてもいいなって」
目指す選手像を簡単に変えるのではなく、その選手を伸ばすための方法を増やしていく。
これまでブラジルやアジアなど、様々な国のサッカーに触れてきた。そこへ今回、新たにドイツでの経験が加わった。
「認知認識だけできても、やっぱりブラジル人はすごい個性というか、『この技術がすごい』というものがあるから、そこがなかったら意味がないなってすごく思う。でも、それができても状況に合ってなかったら全然意味がないなとも思うんです」
どちらかではない。世界で異なるサッカーを見るたびに、それまで別々に見えていたものが、篠原のなかで少しずつつながっていく。
「だから、どっちもいいところをすごく見ることができた。じゃあ自分は何なのか。そうなったとき、アントラーズでは技術のことをたくさんやっているし、それを教える文化もある。そこの基準は高く持ちながら、自分がフットボールを理解していく。その理解が深まったという感じです」
外へ出たからこそ、自らの立ち位置が見えるもの。アントラーズにある技術を高い基準で追求してきた環境を手放す必要はない。そこへ、世界で見つけた新しい視点を加えていけばいい。
世界を見れば、答えが見つかるわけではない。むしろ問いが増える。
選手にどう伝えるのか、どんな刺激を与えるのか。何を変えて、何を残すのか。
その問いを持ち帰り、現場で試し、仲間と共有する。そして、また世界を見る。ボルシアMGとの提携から生まれた今回の遠征は、そんな循環の始まりでもある。
世界を知ることで、アントラーズを知る。そこで得た新しい視点を、また鹿嶋の日常へ。世界と鹿嶋を行き来しながら、アントラーズの育成はこれからも磨かれていく。
