ACADEMY FREAKS Vol.5

サッカー人生の礎にあるのは“うまくなりたい”という向上心。「その壁を、どんどんぶち破れ!」

アントラーズOBが語る、私のアカデミー時代

第2回 鹿島アントラーズつくばエリアスクールコーチ 杉山哲

 

現役時代、アントラーズのエンブレムを背負ってタイトルを目指した。プロサッカー選手に至るまで、アカデミー年代ではどんな練習をして、どんな壁と向き合ってきたのか。当時の練習方法や日々の習慣、当時意識していたことなどに迫る。

将来の可能性は無限大

「今の子どもたちは、グラウンドを整備することなんてあまりないでしょうね(笑)」

杉山哲コーチのアカデミー時代の練習環境は、今、目の前に広がるつくばアカデミーセンターのそれとは対照的だ。アントラーズでプロ選手になるまで、日常的に本格的なゴールキーパーコーチからのトレーニングを受けてきたわけではない。土のグラウンドでの練習では、体中に擦り傷が絶えなかった。それを防ぐために、どれだけ暑くても長袖長ズボンを身にまとう日々――。

ただ、時代は進化しても、子どもたちに伝えたい思いは揺るがない。

「何か一つの目標に向かっていくことが人間、一番の力になる。決して“今”だけがすべてじゃない。みんなのサッカー人生は、まだ始まったばかり。努力し続ければ、将来の可能性は無限大に広がっていくのだから」

そう言葉を紡いだ背景には、一人のプロサッカー選手の礎となったアカデミー時代の記憶があった。

ゴールキーパーとの出会い

野球にバスケットボールにドッジボール。球技で遊ぶことが大好きだった杉山少年が友人とともにサッカーを始めたのは小学生のときだった。だが、当初は「サッカーって何が面白いんだろう」と、他の球技のように魅力的には感じなかった。

「まず、ボールを足で扱うのが難しすぎて。ドリブルもうまくできないし、土のグラウンドだからボールがポンポンと跳ねてしまってうまく止めることもできない。手でボールを扱う球技ばかりやっていたので、一瞬、サッカーを嫌いになりかけたんです」

杉山コーチ自身、それが「サッカー人生における最初の“壁”だった」という。「壁に当たって、当たって、そのたびに突き破っていける人が、最終的にはプロになる」――その発端を乗り越えられたのは、得意としていた“手”でボールを扱う唯一のポジションに自身の活路を見出したことだった。

「ゴールキーパーは手を使える唯一のポジションで、やっていて“面白いな”って。ゴールキーパーの存在が、嫌いになりかけていた気持ちをつないでくれました。“まだまだゴールキーパーのポジションをやりたい、だからサッカーを続けたい”って」

一つの壁を破れば、さらに高い壁が現れる。中学時代は「こんなにゴールキーパーがうまい人間がいるのか!」と先輩のレベルの高さに怯みそうになったが、「この人よりもうまくならなければ試合に出られないんだから、まずは追いつき、そして追い越そう」と自身を奮い立たせた。当時、今の杉山コーチのような本格的なゴールキーパーコーチはいない。先輩と基礎的なトレーニングを重ねて、ゴールキーパーとしてのスキルを磨いていった。

 

プロへのベースを築いた3年間

そんな杉山コーチが、中学卒業後に門を叩いたのは熊本国府高校だ。今となっては多くのプロ選手を輩出する全国屈指の名門校だが、杉山コーチが入学したのは男女共学になってまだ間もない時期であり、男子サッカー部の黎明期でもあった。

「元々は女子校で、学校は熊本市の市街地にあるのですが、男子サッカー部の創部に伴いグラウンドが新設されたのは、およそ16キロも離れた場所でした。当初はそこまで、半分の8キロはマイクロバスで移動し、残り半分の8キロはトレーニングの一環として走る。その後は自転車移動になりましたが、毎日往復16キロですからね。もう、シンプルに体力が持たない。高校時代はきつすぎました(苦笑)」

そのサッカー部の環境が、新たな“壁”となった。「それまで経験したことのないことばかり。何度もメンタルが折れそうになった」と当時を振り返るが、周りの選手は続々と退部していっても杉山コーチ自身は「サッカーをやめようという気にはならなかった」という。

「ゴールキーパーというポジションが好きな気持ちが上回っていましたから。今思えば、そんな環境のなかで高校3年間を過ごしたからこそ、心身ともに鍛えられたのかもしれません。プロを意識し始めたのは大学生になってからだけど、身体的にも精神的にも高校時代にプロに向かっていくためのベースは築けたとも感じます」

その後、福岡大学を経て、アントラーズでプロ選手となった。何度も壁にぶち当たり、そのたびに突き破り、そして行き着いた先に待っていた、また新たな厳しい世界だ。

「自分自身は、なかなか一つのことを続けられない性格だと自覚しています。でも、サッカーだけは唯一、続けられている。サッカーをやめなくてよかったし、ゴールキーパーというポジションを好きになってよかった。振り返ると、“うまくなりたい”とか“サッカーをやめたくない”っていう思いが常に上回っていたんです。だからこそ、いくつもの“壁”に立ち向かっていけたし、乗り越えられた。それが、自分のサッカー人生のベースにあるんです」

簡単には折れないメンタルを

杉山コーチのサッカー人生の原点は、何度も壁に当たってきたアカデミー時代にある。今はその経験を、アントラーズの次代を担う後進に伝えていく立場だ。

「もちろん、ここにいるみんなにプロを目指してほしいし、アントラーズの選手になってほしい。ここにはアントラーズのエンブレムが刻まれていて、小さな頃からプロを目指す子たちも多いはずなので。だから、そういう子どもたちに対して、僕みたいな感じでプロになった選手の話をしてもあまりピンとこないと思うのですが(苦笑)、“ただただサッカーが上手になりたい”という気持ちは彼らも一緒でしょう」

現役を退いた今も、そのサッカー人生が終わることはない。アントラーズつくばエリアのスクールコーチとして、日々、サッカーに関わり続けている。

「いろいろなレベルの選手がいるなかで、どのようにゴールキーパーの楽しさや喜びを感じてもらえるような指導ができるか。それがスクールコーチとしての自分自身の役割だと思っています。言ってしまえば、プロになれる人のほうが間違いなく少ないし、すべてが順調にいかない選手のほうが多いわけで、その都度、何か“壁”にぶち当たったときに簡単に折れるようなメンタルは持ってほしくない。何度も何度も打ち破って、その先に開けてくる道をまた進んで、チャンスを見つけてほしい」

今、目の前に広がるのは、真っ青とした人工芝のグラウンド。夏の暑い日、半袖短パンで地面に転がっても、体中が擦り傷だらけになることはないだろう。手足から放たれたボールは、思いどおりにまっすぐと転がっていく――。そんな「当たり前ではない環境」だからこそ、杉山コーチの言葉に熱がこもる。

「もっとどん欲であれ! その壁を、どんどんぶち破れ!」