ACADEMY FREAKS Vol.5

小学生時代の苦難を乗り越えた成長物語。「あのときの経験が今につながっている」。

トップ昇格決定!

ユース・佐藤海宏の履歴書

6月21日、ユース・佐藤海宏のトップチーム昇格が決まった。プロに至るまで、どんなサッカー人生を歩んできたのか。サッカーを始めたきっかけ、乗り越えた壁、心に刻む指導者の言葉とは。2025シーズンよりトップチームに昇格するユース・佐藤海宏の半生を振り返る。

トレーニングマッチ前日の通達

「もう“練習生”っていう形じゃなくて、“チームの一員”としてやっていかないといけない」

6月5日、トップチームのトレーニングマッチ・順天堂大学戦に臨む佐藤海宏には心境の変化があった。

当初は、順天堂大学戦に呼ばれて「ここが勝負だ」と意気込んでいた。シーズン前に一足早くトップチーム昇格が内定した徳田誉と松本遥翔に続くため、“最終試験”の場になるだろうと見越していたからだ。ところが、試合前日に柳沢敦監督から呼び出されて驚いた。

「“明日の試合、頑張れよ”と言ってもらえるのかなと思ったんです。そしたら、トップチーム昇格が“内定した”と言われて。トップチームは自分の目標であり夢でもあったので、聞いたときはすごくうれしかった。だから、実はあのトレーニングマッチはトップチーム昇格が決まった状態で臨んだんです。まだあまり実感は湧いていなかったけれど、プロになるための覚悟は持っていました」

トレーニングマッチでは最終3本目の途中から左サイドバックのポジションに入った。徳田との連係から果敢に攻撃参加する場面も見せ、「途中出場して、どんどん前へ行こうと。チームを勢いづけられたと思う」と手応えを得た。トップチーム昇格が内定したことを、やっと“実感”したのは、それから2週間後の6月21日にリリースが出てからだった。

「いろいろな人から祝福のメッセージをもらったことで、少しずつ実感が湧いてきました。家族にはリリースが出る前に伝えていて、お母さんはちょっと心配していたけれど、お父さんとお姉ちゃん、妹は喜んでくれました」

両親の思いとサッカー人生の幕開け

茨城県鹿嶋市にある大野潮騒はまなす公園は、佐藤海宏少年の遊び場だった。実家からは太平洋が見える。両親から授かった名前には、「海のように広い心を持ってほしい」という願いが込められている。

両親のもう一つの願いは、心身を育むためのスポーツに励んでほしいという思いがあった。まず、父親は野球を始めさせようと試みる。父親自身も野球に打ち込んできたからだった。しかし、思いは通じない。

「少年野球チームの見学に行ったけど、自分は野球をやりたくなかったんです。ただ単に、野球のボールが怖かったんだと思います」

幼稚園児の佐藤海宏にとって、地面を這うように転がる白球を追いかけることに気持ちが乗らなかった。次に両親に連れられて向かったのは、アントラーズサッカースクールの体験会だった。そこでボールを足で扱う楽しさを味わい、「おもしろいからサッカーをやりたい!」と自らの意志を両親に告げた。それがサッカー人生の始まりだった。

サッカーという競技にのめり込んだ佐藤海宏は、アントラーズサッカースクールの他にも卜伝の郷運動公園で行われていた地元チームの活動に参加したり、小学3年生になると少年団に加わったりと、1週間の半数以上をサッカーに費やした。そして、小学4年生で鹿島ジュニアの一員になると、それから深紅のユニフォームをまとい続ける。

ただ、鹿島ジュニアで活動し始めた小学4年生の秋ごろのことだ。海宏はその後の人生を左右しうる苦難に直面した。

「もうサッカー、やりたくない」

苦難に寄り添ったジュニア時代の恩師

佐藤海宏少年の心に燃えたぎっていたサッカーへの情熱が消えかけた。その要因はピッチ外にあった。

「自分は食が細くて、ジュニアに入ってからの遠征だったり、チームの活動のなかで、あまりごはんを食べられなかったんです。そうなると、体も大きくならなくて、試合にも出られない。だから、ジュニアをやめようとまで考えました」

思い悩んだ末、2週間ほど活動を休んだ。鹿島ジュニアの一員に選ばれた精鋭の一人だったとしても、素顔は一人の小学4年生だ。サッカーのように得意なこともあれば、不得意なことだってある。

「今はごはんをたくさん食べることが苦手だけれど、やっぱりまたサッカーがやりたい」

2週間ほどサッカーから離れ、自分自身と向き合うことで、サッカーへの情熱が再燃した。それから鹿島ジュニアの活動に戻るとチームに再び迎え入れられ、当時の小谷野稔弘監督と一緒に苦悩と向き合った。

「小谷野監督からは、食べることの重要性を指導してもらいました。その重要性が分かってくると、自発的に“もっと食べなければいけない”という思いになった。決して無理強いさせられたわけではなく、自分に優しく寄り添ってサポートしてくれたので、6年生までにだんだんと克服できました。一緒に乗り越えてくれた小谷野監督に、とても感謝しています」

自分が変わるために、何かを変えよう

苦難を乗り越えた経験が、自身を強くした。食事の改善によって体がどんどん大きくなり、今では「体力には自信がある」というほどだ。そして、精神的にもたくましくなり、中学時代に負った2度の腰椎分離症や、高校1年生の冬の骨折にも動じなかった。

「ケガしていてもできることはあったので、とにかく一生懸命に、やるべきことに取り組めました。小学生のときの苦難に比べたら、そこまで苦しいとは感じませんでした。もともと、最初の一歩を踏み出せず、いろいろなことにチャレンジするタイプではなかった。でも、その経験があったからこそ、自分は前向きに頑張れるようになったんです。自分が変わるために、何かを変えようって。親からも“あのときを乗り越えた経験が今につながっているね”と、よく言われるほどです」

心身ともに成長した佐藤海宏が、次に挑むのはプロの世界だ。ただ、その前にユースのキャプテンとしてやるべきことがある。

「まだプレミアリーグで優勝を狙える順位にいるので、まずはそこを目指したい。多くのファン・サポーターや、アカデミーの下の年代の選手たちも自分たちの試合を見に来てくれて、応援してくれるので、その人たちにキャプテンとして恥じない姿、トップチームに昇格するにふさわしい姿も見せていきたい。しっかりとプレーで示すことを意識していきたいと思います」

ジュニア時代の恩師から授かった「継続は力なり」という言葉も胸に秘めながら、さらなる高みへ向けてまっしぐらに自身のサッカー人生を駆け上がっていく。