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 2020年にプロデビューを果たした沖悠哉は、一気に成長の階段を駆け上がり、そのまま正守護神に定着した。しかし、昨シーズンは大きな試練に直面した。一つの目標としていた、東京オリンピックでの代表メンバーから外れると、気持ちのコントロールに苦しみ、シーズン終盤にはアントラーズの正守護神の座を失った。「過信をしていた部分もあったのかもしれない」。自身の未熟さを悔いた。

「選手としても、一人の大人としても、まだまだ幼稚で物足りない。気持ちの切り替えや、昨年に経験したことを糧にして、また次のステップに進むために一回りも、ふた回りも大きくなろうと決意した」

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 しかし、そんな決意を胸に臨んだ今シーズン当初、思い通りのプレーができず苦しんだ。同じベンチに座っても、虎視眈々と出場機会を狙っていたデビュー前とは大きく異なった。試合から試合へ、目まぐるしく変わる景色の中、刺激的で興奮を感じられた昨季から一転、今季はピッチを見つめながら、ベンチを温めるだけ。一度味わった幸せを手放す苦しみは、想像に難くない。YBCルヴァンカップで出場機会を得て、勝利に貢献したとしても、なぜか充実感は得られなかった。

 それでも季節の移り変わりとともに、状況は好転した。本格的に夏に入った7月頃から、試合に出場できずとも、徐々にトレーニングで充実感を感じられるようになった。変化のきっかけは「まだ自分でもわからない」。ただ、なぜか感覚的な変化があり、そこからパフォーマンスは上向いた。

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 そして試合から遠ざかる状況でも、常に自分を見て支えてくれるコーチングスタッフの存在が、モチベーションをさらに高めてくれた。

「大樹さんや洋平さん、ソガさんが、トレーニングの中で、ずっと自分のことを見てくれていたし、自分を見たときに、思ったことを伝えてくれた。だから、試合へのイメージを持って、常にトレーニングに取り組むことができたと思う。コーチングスタッフの方々への感謝を、試合に出れていないときに、あらためて感じた」

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 いつも自分を見てくれる。その感謝をかみしめながら、GKとして求められるすべての能力のレベルアップを目指して努力を続けた。

「フットボールの技術はもちろん、立ち振る舞いもそうだし、一人の選手として、成長を求めている。フットボールは、ピッチの中だけで考える部分もあったけど、もちろん私生活も影響しているし、人としてどうあるかの部分は、意識するようになった。今まで通りのことはあるけれど、落ち着いて物事を見れるようになったかな」

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 すると、チャンスが訪れた。9月3日のホーム浦和戦、実に315日ぶりとなるリーグ戦のスタメンに返り咲く。試合前に話を聞くと、彼は「いつも通りにプレーする」と、自信を持って言い切った。弛まぬ努力を続けてきた自負があったからこその宣言だ。

「試合に出場できないときは、自分を信じられないときもあった。だけど、いつかチャンスがやってくることを信じて取り組んできた。ピッチに立ったときに、出られない期間があったからこそ、今があると言えるように、常に取り組んできたつもり。このチャンスをつかむかつかまないかで、自分のフットボール人生が変わると思う。ただ、別に気負うことなく、普段通り、プレーしたい」

 心は熱く、頭は冷静に。フットボール人生をかけて臨んだ浦和戦。沖は見事なパフォーマンスを見せた。ビッグセーブを連発し、何度もチームの危機を救うと、得意のロングフィードでカイキの2点目の起点となった。そして、次の京都戦でもリーグ戦2試合連続の先発出場すると、勇敢な飛び出しで2度の決定機を阻止。自身の価値をあらためて証明するとともに、自信を深めることのできた2試合となった。

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 1年前の自分とは違う。沖はこの2試合で自身の成長を実感した。多くの苦難を乗り越えたことで、今は精神的な余裕を持ちながら、自信をもってプレーできる。アウェイ鳥栖戦を前に、沖は自身の成長についての手応えを語ってくれた。

「前よりもフットボールを楽しめている感覚、試合自体を楽しめている感覚がある。客観的に落ち着いて、試合を見ることができている気がする。試合の中での余裕は、試合に出場して生まれるものだと思っていた。もちろん、その部分もあるだろうけど、それにプラスして、技術面が向上して、メンタル面でも余裕が生まれたのかなと思う」

 そして、成長の喜びとともに口にしたのがコーチングスタッフへの感謝の言葉。「支えがあったからこそ、今がある。本当に感謝を忘れてはいけない」と繰り返し語る。その表情からは精神的な成長と充実感が伝わってきた。

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「周りからはどう見えるかわからない。だけど、自分の感覚的には選手として大きくなった気がする。この状態を続けて、もっともっと、すべての能力を高めていきたい。支えてくれたすべての人たちへ、結果で恩返ししたい」

 雌伏の時を乗り越えて、選手としても、一人の人間としても逞しくなった。貪欲な成長意欲と感謝の思いを胸に、沖悠哉はアントラーズのゴールマウスを守る。

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