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 常本佳吾は10年間、横浜F・マリノスの育成組織にいた。小学3年生までは地元のクラブでプレーしながら、家から近い東京ヴェルディのスクールに通っていたが、横浜・みなとみらいにマリノスタウンが完成し、子ども心に「カッコよさ」を感じた。東京Vをやめて、横浜FMのスペシャルクラスへ加入し、さらにセレクションを受けて、横浜FMのプライマリー(ジュニア)でプレーすることになった。

 プライマリー時代にCBやサイドハーフでプレーした常本は、ジュニアユースに上がるとSBに転向する。小学生のころから初速や予測を含めた反応が速く、スピードに乗ったドリブルも得意だった。だから、SBへの転向も「走れるからいいかな」と、違和感なく受け入れた。

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 中学2年になると、スピードと攻撃力を買われ、1学年上のカテゴリーに入った。このころから徐々に周囲との体格差が表れるようになり、自信のあった1対1であっさり抜かれることも増えたが、地道な自主練で反応スピードを鍛えたことで、体格差を補う1対1での絶対的な強さを身につけた。

 そしてジュニアユースからユースへ昇格する。ユースでは高校1年からスタメンに入り、U-17日本代表にも選ばれた。早くからトップチームの練習にも参加し、「このままプロに上がってもやれる」という自信と手応えを十分に感じていた。

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 しかし、高校1年の秋と高校3年の春、常本は2度の故障に見舞われてしまう。その結果、ユースの3年間で、半分程度しか試合に出ることができなかった。特に進路が決まる高校3年の怪我はあまりに痛かった。高校3年の春先の時点で「トップ昇格の方向」と告げられていたにも関わらず、秋になって見送られることになった。

 10年間、トリコロールのユニフォームを着てプレーし、つい半年前まではトップチームに昇格することしか考えていなかった。だが、故障を抱えた状態では、横浜FMはおろか、下部カテゴリーのクラブにも行き場はなかった。

 それでも、まだ怪我が完治していなかった頃、かかとの痛みを押しながら、「とりあえず行っておけ」と言われ、明治大学の練習会に一度だけ参加していた。それがあって、高校卒業後に「拾ってもらった」ことで明治大学への進路が決まった。

「ああ、俺は大学に行くのかーー」

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 大学生になり、半年が過ぎると、コンディションも良くなってきた。ところが、トップチームの試合にはなかなか呼ばれなかった。自分は怪我さえなければ、プロでも通用すると評価を受けていたはずだ。トップチームに出ている選手と比べても、決して自分が劣っているようには思えない。プロに行くはずだった自分が、なぜ大学の試合に出してもらえないのか。全く理解できなかった。

「初めはなぜ自分が試合に出られないのかわからなかった。明治大学のサッカー部には三原則と言われるものがある。球際、切り替え、運動量。そこは大学に入る前から自信があったし、試合に出ている人たちを見ても、正直、自分とそこまで変わらないなと思っていた」

 そんなある日、監督から声をかけられた。「お前、まだ殻を破れていないのか。マリノスのプライドなんか、捨ててしまえ」。常本は初めて自分の至らなさに気づかされた。

「この程度の力で、プロに行こうと思っていた自分がおかしかったのだと気づいた。それから、大学で頑張ろうと思うようになった」

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 これを機に常本は、変わった。学業への取り組み方や生活態度を改め、トレーニングにそれまで以上の力を注いだ。心が変われば、プレーも変わる。大学2年になると、SBとして試合に出始め、大学3年以降は、SBのほかサイドハーフ、CB、ボランチでもプレーし、どのポジションでも同じ能力が発揮できることを自分の強みに変えた。ただ、いずれプロになるとしたら、CBで戦うのは難しいという自覚もあったため、試合ではCB、練習はすべてSBの動きをこなし、プロで活躍するための準備を進めていった。

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 大学で確かな実績を残した常本は、再び複数のJクラブから注目を集める存在になった。すると、自然と周囲からは古巣への復帰について問われることが多くなった。

 だが、離れた時点でもう戻るつもりはなかった。一度「(トップチームに)上がれる」と言われ、期待しながら、どん底に突き落とされた経験は忘れられない。感謝の気持ちはあるが、自分は違う道を歩んでいく。そう覚悟を決めた。

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「勝利へのこだわり。この言葉がアントラーズのすべてを表現していると思う。勝つことに執着して練習し、一つでも多くのタイトルを獲得したいと思って、アントラーズへの加入を決めたーー。アントラーズのSBは、代々素晴らしい選手が務めてきたし、攻守においてとても重要な役割を担っていきた。そこで自分の力を発揮できれば、その先の未来にもつながるし、一選手として勝負をしたいと覚悟を決めた」

 8月28日、かつて憧れた日産スタジアムへ。常本佳吾はアントラーズのSBとして、再び古巣・横浜FMとの特別な一戦に臨む。

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