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 アルトゥール カイキが来日したのは4月8日のことだった。そこから14日間の待機期間を経て、チームに合流したのは4月23日。このときすでにチームは公式戦12試合を消化しており、連戦の真っ只中にあった。

 過密日程の中で、チームとして最優先されるのは疲労の回復だった。選手全員で全体トレーニングする機会は限られており、戦術理解や連係面を向上させるには時間が必要だった。また現在の特殊な状況下で習慣も言葉も文化も異なる日本へ来ただけに、まずは生活環境に慣れることも必要だった。さらに長い間、試合から遠ざかっていたことも影響しコンディションの向上には本人の想定よりも長い時間を要した。

 ただ、試合に絡めないなかでもカイキは積極的に周囲とコミュニケーションを図り、チームメートからの信頼を得ていく。上田が「チームに馴染もうと努力しているのが伝わる」と語れば、早川は「日本語がまだほとんど分からないけど、少しのポルトガル語と少しの英語で話せる。それだけでなんとなくカイキの言っていることがわかるし、僕の言いたいことも通じる」と話した。気づけば、彼の活躍をみんなが願っていた。

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 合流から1ヶ月が過ぎた5月19日。ついにアウェイ札幌戦で加入後初出場、初先発の機会が巡ってきた。しかし、この時点ではまだコンディションが万全とは言い難い状況だった。本来の実力とは程遠いパフォーマンスに、本人も「まだまだ個人的に上げていかなければいけない部分があったし、監督の求めるものをより理解していかなければいけない。スピーディーで激しいプレーにさらに慣れていかなければいけない」と納得のいかない様子だった。

「まずは日本のフットボールをさらに理解しなければいけない。チーム内にはブラジル人選手も多いし、みんなが普段から意識高くトレーニングに励んでいる。慣れるまでにそこまで時間はかからないと思う」

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 その後、少しずつコンディションは向上したものの、なかなか本調子には戻らず、ブラジル時代にみせていた輝きはみられなかった。6月2日のアウェイ清水戦でも先発出場の機会を得たが、目立った見せ場はつくれず、76分に途中交代を命じられた。思うようにいかず、もどかしい気持ちばかりが募っていく。

 ただ、難しい状況の中でもチームメートは支え続けてくれた。6月15日、29歳の誕生日を迎えたカイキは、ピトゥカの発案により、サプライズで小麦粉と卵をかけるブラジル流の祝福を受けた。母国から遠く離れた地で奮闘する彼にとって、大きな喜びになったに違いない。一人一人丁寧に「オブリガード!アリガトウ!」と感謝を伝える姿からもその気持ちは伝わってきた。

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 誕生日翌日の6月16日、カイキは天皇杯 2回戦に72分から途中出場した。しかし、ゴール目の前で訪れた決定機を決めきれることができなかった。シュートを外した直後、地面に横たわって天を見つめ、頭を抱える姿からはその苦悩が痛いほど伝わってきた。

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 それでも下を向くことなくトレーニングに取り組み続けると、カイキのコンディションは確実に上がっていった。練習でのパフォーマンスも向上し、指揮官からの評価も少しずつ高まっていく。

 そして、ついに直近の天皇杯3回戦で歓喜の瞬間が訪れた。86分から途中出場したカイキは、90分に自陣からのクリアボールに反応。ゴールラインぎりぎりで粘ってボールを残すと、これがエヴェラウドのゴールへ繋がった。さらに後半アディショナルタイムには、ピトゥカのクロスボールに合わせて、待望のアントラーズ初ゴール。わずか数分間の出場時間だったが、この試合にかける気持ちは誰よりも伝わってきた。

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 この活躍には相馬監督も称賛を惜しまなかった。

「トレーニングからコンディションは上がってきていると感じていたし、スタートからの出場とはならなかったが、必ず良いプレーをしてくれるという感覚があった。実際に素晴らしいプレーをしてくれたと思う。2点目の部分も、最後まで諦めずにライン際でボールを残してくれたのは彼だった。本当に素晴らしいプレーをしてくれた。札幌戦でのエヴェラウドのゴールもそうだったが、今日もカイキがゴールを決めた時に、周りの選手たちがすごく喜んでいた。その姿を見ていて、自分も嬉しい気持ちになった」

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 チームメートから祝福された彼の表情は、安堵と喜びの笑顔に満ち溢れていた。「ゴールを決めてみんなが喜んでくれた。みんなから愛されているなと感じた」と話し、改めてチームメートへの感謝を語った。

「天皇杯 2回戦ではチャンスで点が取れず、僕以上にチームメートが残念そうにしていた。ただ、今日ゴールを決めてみんなが喜んでくれた。チーム全員で取ることができたゴールだと思う。今後、継続してゴールを積み重ねていきたい」

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 柏戦までは中3日。熾烈なポジション争いの真っ只中、彼がメンバー入りするかは分からない。ただ、ピッチに立てば、たとえ短い時間でも気持ちを前面に出して戦ってくれるはずだ。そしてなにより、仲間から愛される彼が活躍すれば、チームの士気は一気に燃え上がり、勢いづくはずだ。

 背番号17、アルトゥール カイキ。巻き返しを図る、後半戦のキーマンだ。

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