上田綺世にとって、キャリアの大きな分岐点となったのは高校時代だった。

「プロサッカー選手としての今があるのは、高校生のときに、鹿島学園の鈴木雅人監督がいろいろなことをたたき込んでくれたからだと思う。プレー面や戦術的な指導もしてもらったけど、鈴木監督は僕の将来を見据え、“人間として必要なこと“や”より高いレベルにいくために“というメンタル的な部分のアドバイスを数多くしてもらった」

　入学当時から上田は鈴木監督からの期待を感じていた。投げかけられた言葉の一つひとつに愛情を感じた。だから、すべてを吸収しようと努力した。授かった言葉の数々はアントラーズの選手として躍動する今も、心に深く刻み込まれている。

「『自分が成功するかしないか。勝負に勝つか負けるか。そこに通じる選択は一瞬のうちに終わる。だからこそ、その一瞬に輝けるように、その一瞬で持っている力をすべて出し切れるように、常に自分の力を磨き続けなさい』と。『シュートを打つ瞬間、点を取る瞬間には頭の中にいろいろなことがよぎるかもしれないが、ゴールが入るかどうかは一瞬で決まる。その瞬間の鋭さや強さがすべてであり、“勝負は一瞬“なんだ』と、ずっと言い続けてくれた」


　恩師から授かった『勝負は一瞬』というフレーズは、今も大切にしている教訓の一つだ。シュートを打てるか否か、ゴールが決まるか否か。零コンマ何秒、ストライカーはその刹那の勝負に生きる。その勝負を制するためには、緻密な準備を行う必要があると気づかされた。

　一瞬の勝負を制するために、上田が大事にしている準備がある。ボールを受ける前の『ポジショニング』と『タイミング』だ。この2つの理想を追い求めることがゴールにつながると考えている。　

「ポジショニングといえば、“最終的にボールを受けたところ“を指すような傾向にあるけれど、動き出しを武器とするFWの視点でいえば、“動き始めるその地点“がポジショニングだと思う。だからこそ僕は、いやらしい位置で、いかに相手との駆け引きを優位に進められるか、を常に考えながらプレーしているし、僕が求めるタイミングでボールが入ってきたとき、その瞬間、もう勝負は決まると思っている。個人的にはその一瞬を見逃さずに戦い続けたい」

　最適な位置でシュートを打つために、いかに相手の視界から消え、動き、出し抜けるか。「パスを引き出した時点でもう勝負は決まっている」。そんな『ポジショニング』と『タイミング』へのこだわりは人一倍強い。


　『ポジショニング』と『タイミング』の勝負は、相手DFとの駆け引きだけではない。パスの出し手となるチームメートとの連係も、徹底的に突き詰める必要があるという。

「例えば亮太くんであれば、ボールを持った時にインサイドで一度触り、アウトサイドで少し持ち出す印象があるので、アウトで触る瞬間を見計らって動き出すようにしている。アラーノだったら、彼がボールを受けた2秒後にはパスが出てくるので、1、2とカウントダウンが始まる前に、相手のマークを振り切るために膨らむような動きを始める。『1』ですでに膨らんで、『2』でパスが出てくる瞬間には、足下でもらいたいのか、それとも相手DFの裏でもらいたいのか示すようにしている」

　ボール保持者の特長を把握し、ポジショニングとタイミングを微調整する。準備を尽くして、論理的に突き詰めるからこそ、チャンスの場面で直感的かつ本能的な判断ができる。

「ポジショニングと一瞬の抜け出しが重要。出し手が前を向いた瞬間、DFと横並びになっていては相手に対応されてしまう。DF1人に対して、こちらは出し手と受け手の2人。この数的優位の状況を生かし、より有利な状態に持ち込むため、動き出す一瞬のタイミングを逃さないこと。僕はこれを常に考えている」

　4月7日のホーム柏戦、アラーノのスルーパスから絶妙な動き出しで決めたあのゴール。直近のアウェイ札幌戦、町田のヘディングに素早く反応して決めたあのゴール。試合における一瞬の勝負を制するためだけに、どれほど自身の武器を磨き続けてきたか。彼のゴールをみれば、明らかだ。


　さあ、チームは相馬新監督のもと、再出発を図る。苦しい今の状況こそ、『一瞬の勝負』で結果を残し続けてきた背番号18の活躍が必要だ。

「一瞬の成功と失敗は、もしかしたら運が影響しているかもしれない。でも、今の僕がこの立場にいられるのは、大学時代の大事な場面で結果を残すことができ、年代別の日本代表に呼んでもらい、そこでもゴールを決めることができたから。僕のキャリアはずっと首の皮が一枚つながったような状態だったーー。僕の仕事はプロサッカー選手として結果を残すこと。アントラーズのFWとして一瞬の勝負でどれだけ相手DFを上回ることができるかという部分にある」

　絶対に勝利が求められるこの一戦、上田綺世は来たる“勝負の一瞬“にすべてをかける。