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 チャンスは突然訪れた。明治安田J1第9節 ホーム鳥栖戦の数日前、沖悠哉はザーゴ監督からゴールマウスを託されることを告げられた。たった4ヶ月前の出来事だが、本人にとっては一昔前のことのようだ。

「鳥栖戦はナイターだったはず。よくよく考えると、自分は夜の試合を経験したことがなかった。試合にしても90分間出場したのは、プロ入りからの2年半で、活動再開後の練習試合が初めてだったはず。練習試合のときも『これほど疲れるものなのか』と思ったけれど、鳥栖戦は本当に疲れた。いつもとボールの見え方が違うというか、地に足が着いていないと自分で感じるくらい緊張していたと思う」

 極度の緊張状態だったという沖だが、試合では安定したパフォーマンスを披露し、期待に応えてみせた。2連続のビッグセーブでチームの危機を救うと、得意のビルドアップでも落ち着いたボール捌きをみせる。今季初となるクリーンシートに大きく貢献し、デビュー戦を2-0の勝利で飾った。

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 鳥栖戦でチャンスを掴んだ沖は、その後もハイパフォーマンスを維持した。第17節C大阪戦では、相手の決定的なシュートを何度も防ぎ、2-1の勝利に貢献すると、苦しい試合展開となった第18節湘南戦でも積極的なプレーで1-0の完封勝利に導いた。一般的に『試合に出なければわからないことがある』、『ピッチに立たなければ見えない景色がある』とはよく言われるが、彼を見ていると、いかに選手にとって出場機会が財産になり、実践が成長の糧になるのかがわかる。彼の成長は著しい。

 ただ、完全に正守護神としての立場を確立したかに思える現在でも、本人は「すべてが課題」、「もっと成長しないといけない」と、繰り返し話している。現状に満足している様子は全くみられないし、謙虚な姿勢も崩していない。むしろ、普段の立ち振る舞いからは、強い危機感と向上心を感じる。なぜなのか。沖はプロ入りからの2年半、大きな壁として立ちはだかった2人の先輩の名前を挙げて答えてくれた。

「今も、ゴールを守っているという責任は強く感じる。自分がうまいからという理由で試合に出ているかと言われれば、そうではない。僕はソガさんやスンテさんよりも足りないところばかり。そんな自分がなぜ試合に出ているのか。それはきっと、足元の技術だったり、年齢が若いことによる積極性だったりを買われているんだって、自分なりに考えた。だからこそ、試合ではアグレッシブにプレーし、相手と接触したとしても負けない球際の強さを見せないといけない」

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 曽ケ端準とクォンスンテ。彼ら2人に代わってゴールマウスを守ることの意味を下部組織出身の沖が理解していないはずがなかった。

「ソガさんはアントラーズのゴールをずっと守ってきた人。スンテさんはACLで3回優勝を経験している。おそらく、この2人と比べたら、自分のことを知らない人も多いように、レベルの差もあると思っている。ただ、試合に出られるようになった今、思うのは、2人をリスペクトしつつも、尊敬しすぎず、『絶対にポジションを渡さないぞ』というくらいの気持ちで、練習にも臨まないといけないということ。なぜなら、試合に出れなくなった今も2人は、練習で一切、手を抜くことがない。一緒に練習していても、このシュートを止めるのかと思わされることの方が多い」

 どれだけ優れたGKがいても、ピッチには1人しか立つことができない。尊敬する先輩は、目標であり、ライバルでもある。常に刺激を与えてくれる存在が身近にいるからこそ、早く追いつこう、早く追い越こそうと思える。いまの環境で努力を怠ることなどあり得ない。

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 そんな日進月歩する沖を、ライバルであるはず先輩も快く後押ししてくれている。特に試合でベンチに入ることが多いスンテからは、毎試合、ハーフタイムのたびにアドバイスをもらっているという。

「プレーひとつひとつのことだけでなく、立ち振る舞いについてもアドバイスをもらう。『失点したときにGKが下を向いてはいけない』と言われたこともあれば、『士気が下がったときこそ、GKが声を出せ』とも言ってもらった。経験ある先輩からアドバイスをもらえるのは感謝しかない。メモを取ったり、頭に叩き込むことで、今後の自分に生かしていきたい」

 同じGKとして、ピッチに立つことができない悔しさは痛いほどわかる。だから、アドバイスしてくれる先輩には、心から感謝の気持ちが湧いてくる。先輩の気持ちを背負って、ゴールマウスを守らないといけないとも思う。そして、「もっともっと成長しなければいけない」と強く思う。

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「試合に勝っても、負けても、絶対に課題はある。J1というプレースピードが速い試合のなかで、練習とはまた違った景色が見えてくる。課題を克服できるときがきたら、また一歩、成長できるのかなと思う」

 熱き言葉の数々から強い責任感と向上心が伝わってくる。目標に近づくため、追い越すため、期待に応えるため。21歳、沖悠哉は熱き思いを胸にアントラーズのゴールマウスを守る。

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