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 山本脩斗の苦悩は続いた。昨年2月の練習中、レクリエーションゲームで太ももを負傷してしまった。それから1ヶ月ほどのリハビリから復帰し、「さあ、これから」というときに、また新たな箇所を痛めてしまった。山本は悔しそうに、こう振り返った。

「やることなすことうまくいかないというか...。悪い流れにはまってしまったような感じ。こんなに筋肉系の怪我が連続して離脱することは、今までなかった。怪我を繰り返したので、試合を連続して出ていなければ、練習もできていなかった。全体的な筋肉量が落ちていたのかもしれない。それなりの状態に戻して復帰したつもりではいたけれど、やっぱりどこかで、体のどこかをかばってしまっていたのかもしれない」

 1度ならば、心を奮い立たせることも決して難しくはなかっただろう。それが2度、3度と続けば…。ピッチに立てない悔しさ、もどかしさ、不甲斐なさ。心の奥底ではさまざまな感情が湧き上がっていたという。

「最初に怪我をしたときは、怪我の箇所も違ったから、ここから何とか頑張っていくかって思えた。でも、昨年8月に怪我した時には『何でなんだろう』って、いろいろと考えた。焦りはあったと思う。やっぱり『出たいな』って。いろいろな葛藤が心のなかにはあった」

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 だが、山本は強かった。「一瞬は(気持ちが)落ちるけど、何日か経てば『やるしかないな』って思えた」と自らの心を奮い立たせた。常に前向きに怪我と向き合い、リハビリに取り組んだ。復帰後に本人が、「年齢的に落ち込んでいるところは見せられない」と意識的に明るく振る舞っていたと明かしたが、爽やかな笑顔からは負の感情を全く読み取れなかった。そして、チーム内の年長者として、時折リハビリを一緒に行うチームメートに声をかけた。「リハビリはリハビリでしっかりやることがあるので、できるだけポジティブに捉えて、頑張ろうなーー」。どんなに苦しい状況でも、仲間を思いやれる優しさと強さ。チームメートから慕われる理由が垣間見えた瞬間だった。

 長期離脱からの復帰に向けて、光明が見えたのは昨年の秋口ごろだった。専門家の意見を聞きながら、自分にあった治療法、補強方法を模索し、1からトレーニング方法を変更した。また、個人的にも食事のバランスに気を遣い、身体の中から改善を試みた。

「今のままではダメだなって、何かを変えなければいけないんだと思った。食事にしても妻に協力してもらって改善して、トレーニング方法にしても、これはいい、これはないほうがいいというのを、より考えて、自分のフィーリングに合うものを模索していった。ここが弱っているから、ここを強くしたほうがいいってアドバイスももらって、少しずつやっていったことが、徐々に自信につながった」

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 しかし、再起をかけた今シーズン、SBには広瀬、永戸、杉岡といった強力なライバルが加入した。山本に出場機会はなく、練習ではCBとしてプレーすることも増えた。そうなると、当然「やっぱり試合にでたい」と悔しさを感じた。ただ、それでも「チーム全員にチャンスがあるはず。そのためにも自分の特長をしっかりアピールしていなかいといけない」と、求められた役割と向き合い、真剣に、前向きにトレーニングへ取り組んだ。

 そんなプロフェッショナルな姿勢は、指揮官が高く評価していた。「アントラーズには曽ケ端、山本、遠藤のような選手がいる。彼らはクラブの象徴でありながら、同時に若手の成長を促す重要な役割も担ってくれている。試合に出場しながら、若手に気を配るのはとても大変なことだが、彼らは自分の立場をわきまえ、同時に他の選手のことを尊重しながらピッチ内外で振る舞ってくれている」と語り、試合に出れない期間でも信頼していることを強調していた。

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 すると9月27日、ついにホーム大分戦で先発のチャンスが巡ってくる。リーグ戦では昨年6月1日以来となる先発出場だった。つづく、10月3日のアウェイG大阪戦でも2試合連続の先発出場を果たす。久々の出場となった2試合で、山本はブランクを全く感じさせず、そつないプレーをみせた。

 トレーニングでは一緒にプレーしていても、公式戦から遠ざかれば、遠ざかるほど、チームの戦い方に適応するのは難しくなる。ピッチの外から見る景色とピッチの中で見る景色は全くの別物だ。だが、山本は1年以上ぶりの公式戦で、すんなりと今のチームの戦い方に適応してみせた。さらに、自らの特長である攻撃参加からのヘディングシュートで、いきなり存在感を放った。常に準備を怠らず、豊富な経験と高いフットボールIQを持ち合わせた、山本だからこそできたことだ。

 G大阪戦からまた少し期間は空いたが、11月14日のホーム川崎F戦で久々に先発出場を果たした。試合直前に永戸勝也が新型コロナウイルス感染症陽性となったことによるスクランブルだったが、百戦錬磨のSBはまたしても安定感のあるプレーで、求められた役割を完遂してみせた。試合後には、充足感のある表情で「久々だったけど、意外に身体は動いていて、試合の入りもスムーズに入れた。一応、35歳なので...(笑)。今までの経験があるから、うまくゲームに入れたし、特に球際の部分は意識してできていた」と、ベテランの意地を語ってくれた。

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 山本も今年で節目の35歳になった。もちろん、まだまだ衰えるつもりはない。むしろ、これからさらに成長を遂げ、もう一花、二花、咲かせるつもりでいる。

「年齢に逆らいたい自分がいる。(35歳は)ある意味、節目だけど、自分としてはあまり意識しないようにしている。35歳だから動けないとかではなく、特に年齢を考えずにやっていきたい。もちろん、全部が全部というのは難しいと思うけれど、自分のなかで納得できるようなプレーができるかどうか。それができれば、必ず次につながる」

 いつも通りのクールで落ち着いた声色だが、言葉には熱がこもっていた。

「自分のなかではこのままでは終われないというかーー。このまま終わったら自分としても納得いかない」

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 完全復活を遂げた仕事人の決意は力強い。どんなときもアントラーズのために献身を尽くし、求められた役割を確実に遂行してきた背番号16。彼ならば安心して仕事を任せられる。

 すべては勝利のためにーー。山本脩斗が聖地のピッチを駆け抜ける。

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