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 2018年12月のFIFAクラブW杯準決勝、アントラーズはレアル マドリードに1-3と敗戦した。世界の超一流選手たちと対峙して、土居は改めて「個」の重要性に気づかされた。「もちろん、チームプレーはするけど、まずは自分という考え方になった。今まではチームのことばかりを考えて、人を助けるためのプレーや人を支えるための思考だった」。あの試合から土居の意識が変わった。

 2019年は己のためにプレーした。すると、試合を重ねれば重ねるほど、自分の思う領域に近づき、それを体現できる試合も増えていった。シーズン序盤よりも中盤、中盤よりも終盤、精度はどんどん磨かれていった。

「プレーしていると、他の人が悪かったから自分がこういうプレーができなかったとか、あのパスが悪かったから自分がシュートまでいけなかったとか、思ってしまうことはどうしてもある。でも、昨季の自分はそんなこと一切考えず、誰がミスをしようが、チーム状況が悪かろうが、自分でいいプレーをしようという考えでやれた」

 その闘志がプレーに宿っていたからか、背番号8はチームの攻撃に核として、欠かせない存在になった。結果を残せば残すほど、露骨にマークは厳しくなったし、彼を潰すことで、アントラーズの攻撃を封じようとする対戦相手も増えた。だが、彼はアントラーズの攻撃を活性化し、得点、アシストと結果で貢献し続けた。上手い選手から怖い選手へ。プレーや意識の変化が彼を新たなる領域へと導いた。

 しかし、その姿勢に、思考に、限界を感じはじめた。自分だけが活躍しても、チームは勝てない。このまま己を第一にしていていいのか。そんな悩みの中、父から投げかけられた言葉が、自分を見つめなおす契機になった。「チームでは頼りにされているし、孤軍奮闘しているのかもしれない。でも、それを過信したり、態度に出したりして、チームメイトを信頼できなくなったら終わりだぞ」。サッカーの原点を思い出させる一言だった。

「毎年、毎年、チームを引っ張っていこうという思いは増している。そこはキャリアを重ねて変わってきたところかもしれない。だから、言えないことも言うようになったし、言わなかったことも言うようになった」

 自分のためにプレーすることで、おのずとチームの結果につながる。その一方で、自分だけがよくても、チームの結果はついてこない。ならば、自分が牽引することで、周りを引き上げればいい。

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 2020年は節目のプロ10年目。いくつもの歓喜と悲哀を繰り返してきた人生のように、もがき、抜け出し、再びもがき、道を切り開いてきたことで、アントラーズらしい選手になった自負がある。

「自分が若いころ、満男さんやモトさん、野沢さんに追いつこうと頑張っていたときのように、若手が出てきてくれたらうれしい。それに対して、自分はまだまだ負けないと思うことがパワーになる」

 かつての先輩たちが自分にとってそうだったように、いまは、自分が受けて立つ対場になったことを自覚している。荒木、染野、松村、山田ーー。若手選手の台頭を土居は素直に喜んでいた。

 8月24日、内田のオンライン引退会見が行われた。かつて小笠原の引退会見を内田が見つめていたように、内田を土居が見つめていた。そのことについて、記者からの質問を受けた内田は、土居への期待を込めてこう答えた。

「ユースから大事にされて、いろんなものを見て、このエンブレムを着けてプレーしているので、いろんな思いもあると思うし、これからいろいろ背負ってもらわないといけない部分もたくさんある。もちろん、ピッチ外での仕事も年齢的にはやってもらいたい。性格がすごく優しいので、昨日の試合を見ていてもやはり、土居聖真がいないとバランスが取れていなかったり、チームのことを考えてプレーしてくれている。きっとこれから、もっともっと活躍してくれるんじゃないかなと思う(内田篤人)」

 伝統を継承する。土居の決意は固い。自分が若い選手たちの高い壁となって、立ちはだかる。そして、このクラブのためにプレーすることの意味を、勝利へこだわる姿勢を、多くの先輩が選手生命を削りながら勝つために日々努力してきたことを、身をもって伝える。

「篤人さんは先輩の姿を見てアントラーズに還元してくれていた。僕も身近で肌で感じて行動や言動を心に響く言葉をたくさん見て聞いてきた。(僕も)しっかりアントラーズの先輩たちから受け継がれている」

 歴史と責任を背負い、背番号8は勝利のために戦う。アントラーズを牽引するのは土居聖真だ。

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