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 キャリアを重ねてプレーに変化があるか、その問いに伊藤翔は「差しかかっているというか、その最中にあると思う」と答えた。

 そのキャリアのスタートは華々しかった。中京大付属中京高校在学中に英プレミアリーグの名門アーセナルの練習に参加すると、類稀なるスピードとドリブル技術で注目を浴び、大々的に報道された。将来は世界で名を馳せるストライカーになる。誰もがそう期待を寄せた。

 しかし、高校卒業後は厳しい道を歩む。加入したフランス2部グルノーブルで出場機会を恵まれず、わずか3年で退団。そして清水エスパルスに移籍してからも、在籍4年間でリーグ戦わずか8ゴールとその才能を発揮することはできなかった。2014年、横浜F・マリノスへ移籍した後は清水時代よりは得点を決めたが、外国人選手の活躍もあり、自らの居場所を探し続けた。そして昨季、伊藤はアントラーズへの移籍を決断した。

 プロ13年間で獲得タイトルはなし。アントラーズ加入時には「タイトル獲得の力になれるよう、身を粉にして頑張りたいと思います。よろしくお願いします」と話した。個人成績よりもチームの勝利に貢献したい。言葉からは不退転の覚悟が感じられた。

 すると、シーズン開幕から伊藤は周囲の期待に応える活躍をみせた。シーズン序盤からエースストライカーとしての立場をがっちり掴むと、公式戦出場6試合7ゴールという驚異的なペースで得点を量産する。その後は負傷離脱の影響もあり、開幕前に語った目標「シーズン20得点」には到達しなかったものの、得点以外のプレーで大きく勝利に貢献した。相手の最終ラインを下げる動き出し、味方のスペースをつくる動き、味方の時間をつくるポストプレー、背後のパスコースを気にしながらの守備。目立たない仕事も勝利のために黙々とこなすストライカーの姿は、チームのよき手本となった。

 また、豊富な経験を活かしたアドバイスも周囲に大きな影響を与えた。「年齢も年齢なのでチームのことを見たりだとか、いろんな選手だったりとかを助けながらやりたい」と話し、勝利のために求められるプレーはなにか、仲間の特長を活かすためにどんな動きをすればいいのか、改善するためにはどうすればいいのか、仲間に伝えていった。「同じ試合でも100回、200回とやれば、自分のなかに法則ができる。そこで正解、不正解を選択できるようになった」と、プレーの言語化に長けた伊藤のアドバイスはわかりやすい。

 30歳を過ぎてフットボールへの理解が一段と深まった、すると、フットボールがまた一段と面白くなった。ベテランからよく聞く言葉ではあるが、伊藤もその領域に達しつつある。もちろん、ストライカーとしての矜持、すなわちゴールへのこだわりを失ったわけではない。FWのライバルが点を取れば悔しいし、発奮材料になる。だが、様々な経験を経て、みえる景色が変わった。チームの勝利のために、どれだけ貢献できるか。フットボールを深く理解し始めたからこそ、感じることがあった。

「見ていておもしろいフットボールをしたい。それは勝つことが一番。見ていておもしろいとは、勝つプレーでもある」

 経験を重ねたことでみつけた“おもしろさ“。フットボールの真髄を知る伊藤翔は、今日もアントラーズの勝利のために戦う。

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