アントラーズ一筋13年目、遠藤康は今年で31歳になった。ここ数年、サッカー界の潮流に沿う形でアントラーズも選手の入れ替わりが激しくなっている。リーグ3連覇を達成した当時のチームを知る選手はいまや数少ない。ベテランの域に入った遠藤には、数多のタイトル獲得に貢献してきた経験をチームに還元することが求められている。
「特に自分が引っ張ろうと意識することはないですけど、アントラーズで長くプレーしている選手が少なくなりました。ピッチ内外で、みんなが同じ方向を向けるようにやっていきたいです」
「みんなの頑張りが同じ方向を向けばいい。勝つために最善のプレーをしたい」
もちろん、本人も担うべき役割を自覚している。だが、若手の先導役だけに留まるつもりは全くない。一人のサッカー選手として、常にピッチに立っていたいという気持ちは、31歳となった現在も変わらない。
「僕自身、もっと上を目指す立場で、成熟という言葉は当てはまらない。タイトルを獲るためには、チームも自分自身ももっと強くならなくちゃいけない。変化は必要だけど、そのとき感じたことをやるだけです」
今季開幕前には、「チームが勝つことが一番大事」と強調した上で、一人のサッカー選手としても飽くなき成長意欲を燃やしていた。
しかし、いざ、2019シーズンが始まると、怪我の影響もあり、思うような出場機会を得られない日々が続いた。試合数の少ないACLが主戦場となり、リーグ戦では開幕節以降なかなか先発メンバーに入ることは出来なかった。
否が応でも試合に出場できない悔しさが募っていく。試合勘が失われていく恐怖にも襲われた。自らの不甲斐なさと格闘する。経験を重ねて何かを諦めたわけではない。控えの立場を受け入れたわけではない。ピッチに立ちたいという強い想いは変わらない。
だが、それを仲間に漏らすことはなかった。「選手だから、試合をしたいのは当たり前。試合に出られない悔しさを表に出すか出さないか、それだけだよ。当たり前のことをしっかりやらなければいけないということだけだから」。己がチームに与える影響力をよく理解している。悔しさを胸にしまいこみ、黙々とトレーニングを行った。
仲間からアドバイスを求められれば、ポジションを争うライバルであっても助言を送った。「若い頃は自分が試合に出て爪痕を残したかったけど、今はチームが勝つことが一番大事です」。チームの勝利のために、いま自分が何を出来るのか。チームファーストの精神を貫いたうえで、自らのコンディションも上げていった。
そして、シーズン開幕から約7ヶ月が経過した9月1日、不断の努力を続けていたレフティーがついに眩い輝きを放った。
明治安田J1第25節アウェイ清水戦、トップ下で先発起用された遠藤は、前半15分に相手の最終ラインの背後に抜け出すと、相手GKが前に出ていたところを見逃さず、美しい軌道でゴールネットを射抜いてみせた。後半アディショナルタイムには、10歳年下の上田に絶妙なクロスを届け、ダメ押し点をお膳立てした。直前のACLから先発7人を入れ替えて臨んだ難しい一戦で、頼れるベテランがチームを勝利に導いた。
「誰が出たとしても勝つのがアントラーズ。試合に出ている選手だけではなく、ベンチに入っていないメンバーも、常にちゃんと練習をしていれば、絶対にチャンスは来る。そういう姿勢や結果を清水戦では示すことが出来た」
試合後、遠藤は誇らしげに語ってくれた。プレーしていない間も常に準備を怠らず、高いモチベーションで勝利に貢献していたからこそ、響く言葉がある。
指揮官は、「彼はどのポジションで出場しても、そのポジションに応じたプレーをしてくれます。練習からトップ下やボランチも含め、やってもらっていますし、そこで、常に質の高いプレーをしてくれます。チームのためにプレーし、守備でも攻撃でもそれを実証してくれています」と、惜しみない賛辞を送った。
この日ゲームキャプテンを務めた三竿健斗も「普段、満足に試合に出れていない選手もいるなかで、特にヤスさんに関していえば、試合に出ていなくても、僕たちへの振る舞いだったり、アドバイスを普段からしてくれています。そのヤスさんが、得点をとって、アシストをしてくれたことが、本当に嬉しかった」と、遠藤の活躍を心の底から喜んでいた。
どんな苦境に立たされても、チームのために尽くしてきた姿を仲間はみてきた。彼がゴールネットを揺らせば、チームは一体感を増して勢いづく。
9月18日、アントラーズのACL準々決勝敗退が決定した。アジア2連覇、全冠達成の夢は潰えてしまった。選手たちには少なからずショックが残っている。だが、遠藤はかつてこう語っていた。
「勝っている時は良いけど、負けることもある。そこでどんなリアクションをして、どんな行動を起こせるかが大事だと思う。必ず苦しい時は来る。こういう時こそ、みんながチームのためにやらないと勝てない。そういう先輩たちを見てきたし、見習わないと」
いまこそ、遠藤康の力が必要だ。偉大な先輩から学んだことを自らの背中で示し続ける背番号25が、どんな時もチームを思い、勝利のために献身を続ける背番号25の力が、いまのアントラーズには必要だ。ここから国内3冠へ。彼が左足を振り抜けば、チームは勢い付く。その先に歓喜の瞬間が待っている。遠藤康の活躍が、アントラーズを栄光へと導く。