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 シーズン序盤、犬飼智也はかつてない逆境に立ち向かっていた。開幕から先発としてピッチに立ったものの、チームの失点が止まらない状況が続く。チームの歯車が思うように嚙み合わないなか、自身のミスからの失点も許してしまった。

 象徴的だったのが、4月のアウェイ2連戦だ。4月9日のACL慶南FC戦で、先発出場した犬飼だったが、2点ビハインドから1点を返して、追い上げムードが高まっていた84分に、ヘディングで競り合った相手選手の頭に肘が入ってしまった。2枚目のイエローカードで退場処分を受けた。反撃ムードに水を差す痛恨の退場に、犬飼は思わず天を見上げ、唇を嚙み締めながらピッチを去った。そして、失意の韓国遠征から帰国し、気持ちを切り替えて臨んだ4月14日のアウェイFC東京戦でも再び苦難に見舞われる。前半早々にマークの受け渡しミスから先制点を献上してしまうと、警戒していたはずの永井謙佑とディエゴ オリヴェイラに対応できず、さらに2失点を喫してしまった。2試合連続で味わった屈辱。普通の選手であれば、気持ちが折れてもおかしくない状況に追い込まれた。

 だが、犬飼には逆境を跳ね返す強さがあった。つづく、4月20日の仙台戦、スコアレスで迎えた66分、値千金の決勝ゴールを決めたのは背番号39だった。左からのコーナーキックにタイミングよく飛び込み、高い打点で叩く。ゴールネットにボールを突き刺した。犬飼は右手を強く握りしめて、ゴール裏のサポーターに会心のガッツポーズをみせた。

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 その後も、チームは過密日程のなかで波に乗り切れない状態が続いたが、犬飼は最終ラインの一角で戦い続けた。疲労が蓄積され、身体は万全の状態ではない。だが、チームの勝利のために、戦い続けた。「連戦の中でのコンディションのことを言ったら、きりがない。そういう中で戦っていくのが自分たちだし、こういう時だからこそ、自分たちで圧力をかけてやらなければいけない」。己にプレッシャーをかけて、苦しい時期を耐え抜いた。

 すると、チームの調子が徐々に上がる。犬飼のパフォーマンスもチームとともに安定感を増していった。逆境を乗り越えた自信からだろうか、いつしか顔つきも精悍さを増し、プレーに貫禄が感じられるようになった。本人も「余裕というか、今までよりも、周りが見えるようになってきた」と手応えを掴んでいった。

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 しかし、10月13日のYBCルヴァンカップ準決勝 第2戦。試合開始直後に犬飼智也の右足に異変が起きた。太ももをおさえてピッチへと座り込む。一度は不屈の闘志で立ち上がり、プレー続行の意志を見せたが、気持ちとは裏腹に身体がそれを許さなかった。拳を握り締めピッチを叩いた。無念の途中交代となった。後日、右大腿二頭筋損傷の診断が下される。治療期間は約4週間となった。

 ここまで大きな怪我を負うことなく、アントラーズの守備を支えてきた背番号39。シーズン序盤の逆境から這い上がり、自信をつけ、頼れるDFリーダーに成長した。そして、ようやく辿り着いたシーズン終盤、大事な時期に負傷離脱を余儀なくされた。ピッチで戦えないもどかしさは、想像に容易い。

 だが、リハビリに励んでいた期間も、犬飼は怪我前と変わらぬ明るさを見せていた。「大事なシーズンの終盤に離脱をしてしまっているけど、離れてみて、みんなの姿勢というのはしっかり見えてくる。自分もチームのためにやれることはやろうと思わされる。だからこそ、早く怪我を治したいし、怪我をしている中でも、やれることはやるようにしようと思う」。チームメイトに笑顔で話しかけ、場を和ませる姿は、穏やかな表情に秘めた不屈の闘志を感じさせた。

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 そして、懸命なリハビリを経て、全体練習に合流。前節は大事を取って、ベンチスタートとなったが、もうコンディションは万全だ。

 今季は幾多もの試練を乗り越えてきた。「やるしかない」。静かに闘志を燃やす背番号39の姿は、シーズン序盤とは見違えるほど逞しい。最高の舞台、聖地カシマで、犬飼智也は必ずその強さをみせ、アントラーズを勝利に導いてくれるだろう。

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