有り余る戦闘意欲を燃料に、パワーと迫力で相手を圧倒するーー。そんな常勝鹿島の歴史を築いたCBとは、少しイメージが異なるかもしれない。だが、いまや誰もが認める「鹿島のDFリーダー」だ。
昨シーズンの途中に植田直通がベルギーへ移籍、シーズン終了後には昌子源がフランスへと移籍した。そこで、最終ラインの要を託されたのが犬飼智也だった。
「二人と一緒にプレーして学ぶことがたくさんありました。昨季は引っ張ってもらいましたし、自分からというより周りに合わせるところが多かった。でも、今季はどんどんリーダーシップをとっていこうと思います。そこの意識はすごく変わっていますね」
自分も鹿島のDFとして確固たる存在にならなくてはいけない。真面目な性格ゆえ、周囲からの期待と責任を強く感じて、2019シーズンに臨んだ。
しかし、シーズン開幕当初はチームの調子が上がらず、無失点に抑えることの出来ない試合が続いた。先発フル出場を続けていた背番号39への風当たりも強くなっていく。そして、4月9日、ACLグループステージ第3節・アウェイ慶南戦で、後半途中に二枚目のイエローカードを受けて退場処分を受ける。4月14日、名誉挽回を期して臨んだ明治安田J1第7節・FC東京戦では、警戒していた2トップに前半だけで屈辱の3失点を喫する。否が応でも、自責の念に駆られた。
周囲が期待しているのは「常勝鹿島のCB」だろう。圧倒的なパワーと強さで敵の攻撃を跳ね返し、セットプレーではガツンとヘディングシュートを放って試合を決めるーー。そんな先人のイメージが犬飼の脳裏に焼き付いていた。ゆえに、自らのパフォーマンスとの乖離に苦しんでしまう。
だが、試合に出場し続けるなかで、少しずつその意識に変化が生まれていった。次から次へと試合がやってくる状況では、周囲の声など気にしていられない。目の前の試合に集中し、終わったら次の試合、終わったらまたすぐ次の試合へ、意識を切り替える日々が続く。
「ミスの後のミスが一番いけないことで、ミスをした後のプレーがすごく大事」
その連続を繰り返していくうちに、犬飼を縛り付けていた幻影は取り払われていった。ピッチ上で「結果を残す」、「アピールする」という意識で空回りすることはなくなり、「どっしりと構える」イメージで堂々とプレー出来るようになった。
それは開き直りに近い考えかもしれない。「守り切らなければいけない」から「守り切るだけ」へと言葉が変わり、「前からのプレスが上手くかかられなくても、俺らは最後の局面で守ることが出来ればそれでいい」、「焦らずに、やるだけ」と、腹を据えて、相手の攻撃を待ち構える姿勢を学んでいった。
揺るぎない自信を手に入れた。「俺らはやられなければOKだから。やらせないことが俺らの仕事だから」。自分らしいプレーをすればいい。シーズン序盤、苦境に立たされながらも、逃げることなく、胸を張って戦い抜いた経験が、犬飼を一回りも二回りも上のレベルへと成長させた。
そして、いま、アントラーズの最終ラインには、揺るぎない信頼を勝ち得た背番号39がいる。味スタで味わったあの屈辱を乗り越え、強くなった。もう、先人の幻影に悩まされることない。堂々と自分らしくプレーすればよい。リーグタイトル奪還に向けた天王山も、犬飼智也がアントラーズのゴールを守る。