「タイトル獲得の力になれるよう、身を粉にして頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
2018年12月27日、伊藤翔の鹿島アントラーズ加入が決定した。自身初のタイトル獲得へ。30歳の苦労人ストライカーが、新たな一歩を踏み出した。
伊藤のサッカー選手としてのキャリアは、華々しくスタートした。中京大付属中京高校在学中に名門アーセナルの練習に異例の参加。類稀なるスピードとドリブル技術が注目を浴び、「和製アンリ」の異名で大々的に報道された。将来は日本代表を背負うストライカーになる。誰もが、そう期待を寄せた。
しかし、プロの世界は厳しかった。高校卒業後に加入したフランス2部グルノーブルで出場機会を得られず、わずか3年で退団。サッカー人生初めての挫折を味わうと、清水エスパルスに移籍してからも、在籍4年間でわずか8ゴールと周囲の期待に応えることは出来なかった。
2014年、横浜F・マリノスへ移籍。清水時代よりは出場機会を確保したが、外国人選手の活躍もあり、チームの絶対的エースにはなりきれず。「和製アンリ」と称された才能あふれる若者はいつの間にか30歳を迎えた。
2019年1月16日、新体制発表会見。少し緊張した面持ちで、伊藤は新天地アントラーズでの第一声を発した。「勝つために来ました。ーー年齢も年齢なのでチームのことを見たりだとか、いろんな選手だったりとかを助けながらやれればと思います」。プロ13年間で獲得タイトルはなし。変革期を迎えた常勝鹿島を自分が支えて優勝に導く。その決意が溢れ出た言葉だった。
そして臨んだ、宮崎キャンプ。新しいチームメイトと積極的にコミュニケーションを図り、自分がボールが欲しい場面を明確に伝えていく。欲しい場面でパスをくれれば必ず決める。ストライカーとしての矜持が練習から溢れる。
果たして、伊藤はアントラーズに不可欠な存在となってみせた。公式戦デビューとなるACLプレーオフでいきなり移籍後初ゴールを奪うと、J1開幕戦、第2節でも貴重な同点弾を決めた。特に王者川崎を相手に決めたゴールは圧巻だ。最終ラインの裏に抜け出すと、足下にボールを呼び込み、完璧にコントロールして鮮やかにフィニッシュ。伊藤が磨いてきたストライカーとしての技術が集約された美しい瞬間だった。
伊藤の勢いは止まらない。ACLグループステージ第2節でも敵地で2ゴールを奪取。J1第4節でもカウンターから見事な2得点を決めた。ここまで公式戦7試合で7ゴール。1試合1得点の驚異的なペースでゴールを量産している。苦労を重ねてきた30歳のストライカーが、ピッチ上で誰よりも輝きを放っている。
しかし、本人は至って冷静だ。2ゴールを決めて勝利に貢献した札幌戦の試合後、自身の得点についてこう語った。
「自分を見て良いパスを出してくれるのは本当にありがたいし、パスを出してくれればゴールを決める自信がある。今は味方のパスに恵まれているなと感じる」
伊藤は真っ先にチームメイトへの感謝を述べた。30歳にしてようやく掴んだ活躍の舞台。味方からの信頼は得点で応える。
「とにかくタイトルがほしい」。徹底した勝利への希求、タイトルへの渇望を胸に伊藤は今日もゴールを狙い続ける。