「ACLでは、Jリーグとは絶対的に違う大会であるということを認識しなければいけません。環境や対戦相手、主審の笛も違いますから、それを認識して戦っていかないと」
今年こそ、アジアの頂へ――。渇望し続けた景色へと突き進む道のりにあって、背番号1の経験はこの上なく心強いものだ。2006年、ルーキーイヤーに成し遂げた初制覇。そして2016年、キャプテンとして到達した頂点。ACLを2度制しているクォン スンテは今、アントラーズをまだ見ぬ景色へ導くべく、確かな手応えとともに日々を過ごしている。「大きい大会を重ねることで経験を積んで、選手たちは自信をつけてきていると思います」。そう振り返ったのは10日前、札幌の夜のことだった。その表情は穏やかで、しかし強く柔らかい眼差しとともにある。第一線で戦い続け、栄光を掴んできた者だけが持ち得る絶対的な風格を纏いながら、34歳は歩みを続けている。
「アントラーズがラウンド16を突破するまでに長い時間がかかりましたけど、少しでも役に立ててよかったです。ピンチでシュートをセーブできるのは、必死に止めようという意識があるからだと思います」
さかのぼること5ヶ月、上海上港と対峙したラウンド16。アントラーズは3つのスコアを失ったものの、2試合合計でのリードを明け渡すことは一度もなかった。痺れるような180分間、その中心で圧倒的な存在感を誇示したのがスンテだ。第1戦の開始9分、至近距離からオスカルが放った一撃を左手で阻止。最後の瞬間まで視線を逸らさず、驚異の瞬発力でボールに触れた。そして第2戦の後半立ち上がり、フッキが繰り出したボレー。ペナルティーエリア中央から襲ってきたシュートも、背番号1の前では無力だった。まさに神がかり的な、鬼迫のビッグセーブ――。世界にその名を轟かせたアタッカーたちは、ネットを揺らせなかった事実が信じられないという表情で、ただただ唖然としていた。
「試合後にピッチに倒れ込んだのは“やっと終わった”と思ったからです」。殊勲の守護神はそう言って、クラブ史上初の決勝トーナメント初戦突破を噛み締めていた。しかし、ベスト8は通過点に過ぎない。「この瞬間だけを楽しんで、でもすぐに切り替えようと思っています」。次なる戦いへと視線を向けると、準々決勝でも抜群の安定感でゴールマウスに立ちはだかった。天津権健との180分、失ったスコアはゼロ。マカオで迎えた第2戦では、開始直後にアレシャンドレ パトに打たれた強烈なボレーを正面でキャッチしてみせた。もし、あのシュートが入っていれば――。フットボールに仮定を持ち込むべきではないかもしれないが、対峙する者の心の声が聞こえてくるような場面は一度や二度ではない。ライバルたちの希望をことごとく霧散させながら、スンテはアントラーズを守り続けている。
「本当に選手個々の能力が高くて、“チームが勝つために何が必要か”を考えてプレーしていると感じました。このクラブの一員として戦えることを、嬉しく思います」
兵役期間を除いて、2006年から全北現代一筋でプレーしていたキャプテンが移籍を決断したのは、昨年1月のことだった。内外に衝撃を与えつつ、不退転の決意とともに踏み出したチャレンジ。その1年目はしかし、思い描いた道のりとは程遠いものとなってしまった。7月2日、日立台で負った左手の骨折。リハビリを経てグラウンドへの帰還を遂げた後も、ベンチを温める日々が続いた。負傷の後、ピッチに立ったのは2回だけ。8月30日の仙台戦では3失点を喫し、10月25日の天皇杯準々決勝ではPK戦で敗れた。出番を得られず、代表の舞台からも遠ざかることとなる。不甲斐なさとともに季節は移ろい、そして――。「助っ人として」アントラーズに加わり、「チームのために」献身を続ける守護神にとって、無冠に終わった2017年はこの上なく悔しいものだった。
「能力がある選手ですけど、若くて意欲がある分、その意識が前に出過ぎてミスをすることもあります。前向きの言葉をかけながらアドバイスをしていますよ」
並々ならぬ思いで迎えた、アントラーズでの2年目。ACLとJ1ともに初戦の先発メンバーに名を連ねたスンテは、コンスタントにピッチに立ち続けている。「ソガさんの存在は勉強になりますし、競争をしながらベストを尽くします」と、切磋琢磨を繰り返しながら鉄壁の守備を披露。植田の移籍、昌子の負傷を受け、犬飼や町田が奮闘を続ける最終ラインを支え導く存在として、その貢献度は計り知れない。そして夏に加わったチョン スンヒョンについても「集中していない時は、日本人選手よりも叱るかも」と冗談交じりに笑いつつ、「自分たちは助っ人としてアントラーズに所属しているので、もっと貢献できるように」と語る。昨季の悔しさ、若武者たちへの期待と信頼、そして“弟分”の加入から受ける刺激――。幾多もの思いを胸に、スンテは鹿嶋で2度目の秋を迎えている。
「大きな試合になればなるほど、小さなミスが勝負を分けるものです。最後まで集中して、そして勝ち切る。そう心掛けなければいけないんです」
勝負のシーズン終盤へ、スンテは改めて気を引き締めていた。「シュートをセーブできるのはみんなのおかげ。無失点は簡単ではないけど、周りの選手たちのおかげで達成できるものなんです」。ビッグセーブを何度繰り返しても、真のプロフェッショナルが自賛の言葉を述べることはない。穏やかな笑顔とともに語られるのは、仲間たちへの敬意と信頼だ。その言葉を聞けば聞くほどに、強く思う。今年こそ、スンテとともにタイトルを――。
今夜はファイナルへの切符を懸けた、極めて重要な“前半90分”。聖地で勝利を掴み、力強く前進する戦いだ。「残念な気持ちはピッチで表現します。それも僕の運命であり、人生。グラウンドでもっと頑張りたいです」。ロシアのピッチには立てなかった。それでもスンテには、もう一つのW杯が残されている。アジアの頂へ、そしてその先へ――。決意を胸に、背番号1がゴールマウスに立ちはだかる。アントラーズとともに、栄光の瞬間を迎えるために。