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 10月7日、カシマスタジアム。心の底から悔しいスコアレスドローを、町田浩樹はベンチで見届けた。最後の最後までゴールを渇望し続けた、炎天下の90分。ホイッスルが鳴り響くと、聖地は怒号に包まれる。ほどなくしてピッチを周回し始めた選手たちに、大きな拍手と幾多もの声が届けられた。ビブス姿の背番号28は険しい表情を浮かべながら、スタンドをじっくりと見渡していく。幾多もの感情が渦巻く光景を目に焼き付け、次なる勝利への闘志をたぎらせる姿がそこにはあった。

「無失点が理想ですけど、勝つことにこだわります。勝って決勝に行くことで、次につながると思うんです。とにかく、結果を残したいです」

 若武者は己に言い聞かせるように、静かに責務を刻み込んでいた。みたび迎えるホームゲームは3日後、トリコロールと対峙する準決勝だ。「ルヴァンカップでしっかりと結果を残したいんです」。町田は鋭い眼光で決意を述べた。懸ける思いがあるから、その言葉はおのずと熱を帯びていった。

「源くんが帰ってきて、競争がより一層激しくなると思います。でも自分も簡単に譲るつもりはないですし、だからこそルヴァンカップで結果を残したいんです」

 秋が深まる10月、昌子がついに練習合流を果たした。勝負のシーズン終盤へ照準を合わせるように、チームリーダーが着々と復活へと突き進む。そしてその事実は町田にとって、真価を改めて問われる日々の始まりを意味するものでもあった。チョン スンヒョンが韓国代表での活動へと向かい、背番号3の足音が聞こえてくる今。4人体制のセンターバック陣にあって、己の立ち位置はどこにあるのか。それを見定め、そして誓う。存在価値を示すために、絶対に勝ってみせる――。

「源くんが離脱している今、結果を残せないと意味がない。得点やアシストよりも、無失点に抑えて勝ちたいという気持ちが強いんです」

 さかのぼること約2ヶ月、真夏の連戦を突き進むチームにあって、町田は焦燥感にも似た思いを繰り返し述べていた。7月28日のG大阪戦でプロ初得点を決めたものの、1-1のドロー。そして8月1日のFC東京戦、1-2と痛恨の逆転負け。「自分は結果を出さないと意味がないので、本当に悔しいです」。出番を掴みつつある若武者にとって、何よりも必要なものは任務遂行の証、すなわち勝利だった。しかし、フル出場を遂げた2試合、結果は1分1敗。果たして町田は、ピッチから遠ざかることとなる。5日の清水戦、先発メンバーに指名されたのはスンヒョンだった。結果は1-0。指揮官はこの勝利を始点に、犬飼とスンヒョンのペアを起用し続けた。町田はベンチを温め、虎視眈々と出番を狙う立場へと後退してしまった。

「全員がしっかりと走って戦った結果だと思います。ボールの取りどころをはっきりさせて、意思統一をしてプレーできたことがよかったです」

 募らせ続けた思いを結果で示してみせたのは、ルヴァンカップ準々決勝だった。1ヶ月ぶりにピッチに立ち、川崎Fとの180分に挑む。町田は第1戦でPKを与えてしまったものの、「起点を作られてしまったし、潰し切れなかった」という反省をしっかりと活かし、味スタでの“後半90分”で気迫に満ちた守備を敢行した。トータルスコアは4-2。一度もリードを許すことなく、ベスト4への切符を力強く掴み取ってみせた。

「課題はたくさんありますけど、勝ったことが一番の収穫だと思います。戦う姿勢を継続して示すことができましたし、内容云々よりも勝てたことがよかったです」

 準々決勝突破の5日後も、先発メンバーリストに「28」が記されていた。湘南を迎え撃ったJ1第26節、指揮官は町田とスンヒョンのペアを先発に指名。実に7試合ぶりの出場となったリーグ戦は「会心」と呼べる内容ではなかったが、町田にとって極めて重い意味を持つ90分となった。後半アディショナルタイム、西のクロスに飛び込んだ鈴木が強烈なヘディングシュートを突き刺す。2-1。フル出場のリーグ戦で初めて掴み取った勝利、慣れ親しんだカシマで初めて味わう歓喜――。プロ3年目の物語に、新たな勲章が2つ刻まれた。

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「無失点の試合が続いていたので、自分が入っても継続したいと思っていたんです。いい意味でのプレッシャーというか、いい意味での緊張感がありました」

 2週間後、9月29日の神戸戦。満員の敵地で90分を走り抜き、町田は再び勝利のホイッスルをピッチで聞いた。スコアは5-0。「いろいろなFWと対峙することで、経験値が上がっていることを実感しています」。フル出場のリーグ戦で、初めて成し遂げたクリーンシート。新たな勲章を書き加え、若武者の言葉に自信が宿る。圧巻のゴールショーが光を浴びた90分で、背番号28は冷静沈着に戦い続けていた。得点を祝う仲間たちの歓喜に加わらずにセンターサークルに陣取り、相手の反撃を阻止すると同時に陣形整備の時間を確保。勝利への道のりをしっかりと踏み締めていた、その証左だった。

 9月の出場4試合で勝利を重ねたことで、信頼を築きつつあることは間違いない。定位置を掴むには至らなくとも、競争の序列を覆す可能性と資格を示してみせたことは確かだ。だからこそ、ルヴァンカップへの思いは強い。「勝って決勝に行くことで、次につながると思うんです。そして、あの舞台に立ちたいんです」。思い描くのは、埼スタでのカップファイナルだ。2015年の決勝、アントラーズはG大阪を3-0で粉砕した。高校3年生だった町田はその快勝劇を「鮮明に覚えている」という。ユースの守備の要として同じピッチで高円宮杯チャンピオンシップを制したのは、1ヶ月半後のことだった。

 先輩たちの輝きを目に焼き付け、自らもトロフィーを掲げた2015年。あれから3年、ユースは再びあの舞台へと返り咲くべく、プレミアリーグEASTの首位を走っている。そして町田は今、あの時は憧憬とともに見つめていたトップチームの一員として、新たなタイトルへと突き進んでいる。

 「選手だけではなく、スタッフやサポーター全員で勝ちに対する気持ちを見せていかないといけない。チームの勝利が全てです」。町田浩樹、アントラーズDNAの継承者として――。紡がれていく物語に思いを馳せながら、トリコロールとの準決勝が幕を開ける。
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