PICK UP PLAYER

photo

 聖地はゴールを渇望していた。1-2。時計の針がいつになく速く進んでいくような、そんな感覚だった。確信と決意は揺るがない。とはいえ、幾ばくかの焦燥感に駆り立てられていたことも事実だ。遠藤が放ったロングパスはしかし、山本へは渡らなかった。ラインを割り、水原三星のゴールキックに。トリコロールの守護神はカシマを焦らすかのように、ゆっくりとボールをセットした。アントラーズレッドは動じることなく、しかし必死に叫び続ける。83分のことだった。

「最近にはなかった試合の入り方で、受けてしまっているように見えた。なんで、あんなにバタバタするんだろうなと」

 タッチラインに「22」が立つ。プレー再開の前に、この夜最後の交代が認められた。西大伍、ピッチへ。冷静沈着に戦況を捉え続けた先で、ついに訪れた出番。鮮やかな色彩で己を表現し続けるフットボーラーが、大一番の舞台へ解き放たれる。そして――。

「素晴らしい選手なので。西大伍だから、信じて出しました。ターンじゃなくても、みんなを驚かせるようなプレーをすると思ったので、信じて出しました」

 ゴールキックでプレー再開。エアバトルからボールを奪い、セルジーニョ、山本、クォン スンテ、健斗、土居とバトンがつながれていく。流れるようなパスワークで、チョン スンヒョンが前を向いた。次の瞬間、鋭いグラウンダーが水原三星陣内を切り裂く。軌道の先には、あえてフルネームで描写した「22」の姿があった。「パスをもらおうとした位置がよかったかなと。相手DFがどっちに行くか迷う場所に入れた。そこをスンヒョンが見てくれていた」。マークを剥がし、鈴木がワンタッチではたく。「次のイメージは特に持たずに、いいところにボールを止めて“どうしようかな”と、見た瞬間がいいタイミングだった」。繰り出された正確無比のラストパスに、ビジターチームは抵抗することができなかった。

 待ち焦がれていた2つ目のスコア。「10分くらいで仕事ができるなら、一番いいですよね」と西は笑う。ピッチインから1分にも満たないうちに、あれほど速く進んでいた時計の針が位置を移す前に、アントラーズレッドを沸騰させてみせたのだった。

「自分もチームも、成長を続けることが大事。常に新しいものを取り入れながら、成長を続けていくだけです」

 いつ何時も、西は「成長」と繰り返し刻み、そして歩みを進めてきた。選手会長に名乗りを上げた時も、世界の舞台で各大陸王者と激闘を繰り広げた日々も。そして、無念の負傷から帰還を遂げる道のりに身を置き、幕開けを迎えた2018年も――。「結果は必然というか、付いてくるもの」。だから何が起きようとも、全てを糧にして進んできた。昨季の最終節、突如襲われた悪夢の負傷もそうだった。担架で運び出された先で、久々に纏うはずだったサムライブルーからの辞退が決まる。自身初となるベストイレブン受賞の報せが届いた翌日、ひざにメスを入れた。暗転してしまった走路。それでも西は「成長」と繰り返していた。リハビリの日々、幾多もの出会い。「新たなる自分になる準備は進んでます」。そう発信して、そして復活への道のりを着々と歩んできた。

「(離脱は長かったか?)そんなでもないですね。札幌戦での復帰は、狙っていました」

 待望の復活は3月31日、カシマスタジアム。生まれ育った赤黒との対峙で、時計の針を再び動かし始めた。そして1週間後、復帰後初先発。不甲斐なきシーズン序盤戦を過ごしたチームにあって「気持ちとか、そういう部分はあまり言ってこなかったけど、今はそういうことが大事かなと思う」と胸の内を明かしたこともあったが、「何かを感じ取ってもらえる試合やプレーをしたい」と常々語るフットボーラーは、その感覚と色彩をピッチの上で鮮やかに描き続けてきた。結果を、勝利を、そして“その先”にあるものを追求し続けながら――。

「上位と対戦する時は互いにやりたいことを出させないような試合になる。その中で、セットプレーのちょっとしたところ、一歩二歩の差が出たかなと」

「どんどん、投げかけてください」。そう報道陣に語りかけたのは、屈辱の惨敗を喫した夜だった。9月1日、広島戦。沈黙に覆われたミックスゾーン、選手たちは悔しさを胸に押し殺し、足早にチームバスへと向かう。少し遅れてロッカールームを後にした西は、それが自身の責務であるかのように、90分を刻み記した。「ちょっとしたところ、一歩二歩の差が出た」。そして一拍置いて、続けた。「でも、それが大きいんですけどね」。現在地を突き付けるように。あるべき姿を描き出すように――。

photo

「今のチームで、全てを圧倒して勝つのは難しいと思っている。理想があって、現実的に考える部分もある中で、我慢や“守備から”ということをやっていかないと」

 果たして、アントラーズの反撃が始まる。西はスコアへ直結する仕事を繰り返し、チームを上昇気流に乗せた。5日の川崎F戦、先制のヘディングシュート。14日の湘南戦では鮮やかな2アシストで勝利の立役者になった。復興へと立ち上がる故郷に帰還した23日の札幌戦を経て、29日の神戸戦では満員の敵地を沈黙させる追加点。そして、水原三星戦――。「自信を持ってボールを動かして、チームをコントロールして欲しい」。指揮官から託された全幅の信頼を背負い、西は輝きを放ち続けている。

 そして迎える、難敵との決戦。広島での屈辱から1ヶ月、アントラーズは「我慢の戦い」を繰り返しながら勝利を積み重ねてきた。西の言葉を借りればそれは、全てが「理想」通りとは言えないかもしれない。それでもチームが強く逞しく歩みを進めてきたことは間違いない。今日はリーグ首位との対峙、真価を問われる90分だ。意地と気迫がぶつかり合い、聖地は熱を帯びていく。その中心で、背番号22が鮮やかな色彩を描き出す。俺たちの大伍がピッチを走り抜けた先で、勝利の歓喜が待っている。
pagetop