PICK UP PLAYER

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「コンディションはまだまだですけどね。今できる中で、やれることはしっかりとできたんじゃないかと思います。チームのために」

 実直なプロフェッショナルはいつものように、淡々と言葉を連ねていた。4日前に喫した4失点、断行された4名の先発変更。4ヶ月ぶりの先発復帰、その舞台には幾多もの困難が散りばめられていたに違いない。それでも、まとわりつく湿気とコントラストを描くかのように、山本脩斗は冷静沈着だった。「後半は押し込まれる時間が長くなってしまいましたけど、こういう暑さと連戦の中で『全員で勝とう』と話していましたから」。走り抜いた90分を描き出し、「勝ててよかったです」と続ける。久々に果たした任務遂行、その意味を噛み締めているかのようだった。

 「この暑い中で、雨も降って…。こんなにジメジメするのは初めてに近い感覚だったんです。途中から入っても、本当にキツかったですから」。そう言って、わずかばかりの安堵を浮かべたのは永木だ。初めて乗り込んだ長崎での90分は、想像以上に過酷な戦いだった。気温27.9度、湿度94%。71分からピッチに立ち、迫真のスライディングを連発してホームチームの反撃を無力化した背番号6は、そのタフネスからすれば意外とも思える感想を打ち明けた。試合終了までフルスロットルで駆け抜ける、途中出場特有の苦しさを差し引いたとしても――。「だから、90分出た選手は本当に頑張ったと思います」。仲間の献身を称え労う口調に、激闘の余韻が滲んでいた。

「アクシデントもありましたけど、守備の部分でやることは変わりませんからね。しっかりと前の選手を動かしながら、声を掛け合いながらプレーできたと思います」

 アントラーズを襲った要素は、天候だけではなかった。3ポイントへと到達するまでに、思いがけない事態が2度も発生。ハードタックルを受けた安部、そして安西が苦悶の表情でピッチを後にした。左サイドハーフを務めた若武者たちの相次ぐ負傷は、山本にとっては“相棒”の変更に他ならない。安部、安西、そして永木。いずれも高い能力を備え、しかし特長や傾向も異なる3人のパートナーとともに、秩序と組織を保ち続ける――。「誰が出ても、同じサッカーができるように」。誠実なプロフェッショナルの姿が、そこにはあった。

「これだけ長い期間、試合に出ないというのは経験したことがないですね」

 過去4年で165試合に出場した山本にとって、アントラーズ加入5年目は思いもよらない道のりとなってしまった。4月11日、突然襲いかかってきた悪夢。FC東京戦、開始早々にピッチへ倒れ込む。左膝後十字靭帯損傷――。どんなに過酷な連戦でもプレータイムを刻み続け、時に陥る負傷者続出の苦境にあってもチームを支え続けてきた背番号16が、ピッチから遠ざかることとなってしまった。全治3ヶ月以上を要するとの診断。しかし山本は言った。「中断明けには出られるようにしないと」。焦りは禁物だが、一日でも早く――。W杯によるインターバルを経て、公式戦再開を迎えるのは7月11日。悪夢からちょうど3ヶ月後の天皇杯3回戦が、復帰目標として定まった。

 復活への歩みが始まった。黙々と、着々と――。6月1日、青空のクラブハウス。33回目の誕生日も、ただひたむきに汗を流し続けた。負傷から50日が過ぎ、屋外でのメニューも増え始めていた時期。少しずつ日焼けしていく肌を見て「いい感じになってきましたよ」と、穏やかに笑う。オフ返上でトレーニングに打ち込み、己の状態と向き合い続けた。

 果たして、7月11日。町田との対峙に向かう遠征メンバーリストに山本の名は記されていた。まさに有言実行のベンチ入り。野津田のピッチに立つことはなかったものの、頼もしきプロフェッショナルが帰還を遂げた安心感は計り知れないものだった。1週間後のJ1再開初戦では、古巣の本拠地ヤマハスタジアムで約20分間に渡ってプレー。背番号16が、タッチライン際を疾走する――。アントラーズファミリー全員が待ち望んだ光景が、ついに日常へと帰ってきた。

「トレーニングを重ねているので、あとは試合勘の部分を上げていきたいです」

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 7月下旬、先の負傷とは関係のない箇所が炎症に見舞われるアクシデントがあったものの、今はすっかり回復した。完全復活を遂げた仕事人の行く手を阻むものなど、何もない。失っていた時間を取り戻すために、逆襲を期すチームを上昇気流に乗せるために――。山本は今日も「チームのために」走り続けている。

「先に失点してしまいましたけど、チームとして落ち着いてプレーして、前半のうちに勝ち越せましたからね。練習で合わせた回数は多くはないですけど、マークの受け渡しやスライドのところを意識していました。しっかりとやれたと思います」

 時計の針を再び動かし始めた、長崎との90分。背番号16が刻んだ走路は11.36km、チーム最長だった。果敢なオーバーラップを繰り返して2つのスコアを演出した右の翼・伊東と比べれば、そのパフォーマンスが帯びる色彩は鮮やかとは言えなかっただろう。だが、それこそがプロフェッショナルの真骨頂だ。激しいタックル、鋭いパスカット、冷静かつ堅実なカバーリング。「行く時は行くし、バランスを見ながらプレーしていました」。絶えず状況を把握し、仲間を活かし、そして献身を体現してみせた。誰もが思ったはずだ。“さすが、脩斗だ”と。

 「どの試合も勝つことを必要とされているのがアントラーズですから。チームとして、しっかりと勝てるように」。真夏の連戦は後半戦を迎え、ここからはカシマスタジアムでの戦いが続いていくこととなる。まずは今夜、トリコロールとの90分。歓喜と失意を繰り返す日々に終止符を打ち、勝利とともに突き進んでいくために――。完全復活を遂げた仕事人が、聖地のピッチを駆け抜ける。
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