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「個の力で点を取って、チームを助けることができれば良かったんですけど。失点をした後、メンタル面で相手にペースを握られてしまったことが反省点だと思います」

 息苦しい熱帯夜、悔しきドローに終わった吹田の夜。J1では自身初となるフル出場を果たした若き才能は、走り抜いた90分を冷静に振り返っていた。苦しみながらも先制に成功し、時計の針を進めていたアントラーズ。しかし70分、守護神の頭上を越えたボールがゴールに吸い込まれてしまう。1-1。痛恨の失点、残りは20分強――。勢いに乗った青黒が嵩に懸かった攻撃を仕掛けてくる中、試合はオープンな打ち合いへと推移していった。「失点の後、もちろん皆が勝ちたいのでゴールを目指しましたけど…」。過酷な消耗戦に身を置いた背番号30は、その苦しき時間をこんな言葉で描き出していた。

「失点の後、もちろんみんなが勝ちたいのでゴールを目指しましたけど、サッカーはポンポン、点が入るスポーツではない。僕自身、冷静さもあったとは思いますけど、“何とかしないといけない”という思いが強く出過ぎてしまいました。そういう気持ちももちろん大事ですし、それをうまく利用することができればと思います」

 7月11日の中断明け初戦から、その名は常に先発リストに刻まれている。鹿嶋で迎えた2度目の夏、プレータイムは既にルーキーイヤーを上回った。不可欠な存在となったからこそ、求める水準はさらなる高みへ導かれる。吹田でのラスト20分、胸に刻んだ反省点。貪欲に、そして冷静に――。安部裕葵は今、荒波に揉まれながら「柔軟性のある芯」を強く逞しく磨き上げようとしている。

「うまい選手ではなく、チームを勝たせる選手になりたいです。そんな選手になれるように頑張ります。たくさん選手がいる中で、期待をしてもらっていると感じます」

 プロフットボーラーとして迎える2回目のシーズンを前に、その輝く瞳は前だけを見据えていた。プレシーズン初の対外試合、1月23日のテゲバジャーロ宮崎戦。指揮官が託す期待と信頼は、先発起用という事実を見れば明らかだった。右サイドハーフを務め、さっそくゴールネットを揺らす。「ゴールは勝利につながるものなので、そこにこだわってやっていきたいです」。2年目の決意を初戦で刻み、そして後半途中に交代。すると、同時にピッチを退いた内田とともに身振り手振りを交えて思いを伝え合った。寒空の宮崎で、ゆっくりと歩を並べる「2」と「30」――。「もっと改善していくために」、プレーを終えた瞬間から課題の抽出を始める姿勢こそ、向上心の証左だった。「先輩方からどんどん吸収していかないと」。タッチラインの外、陸上トラックを一歩ずつ踏みしめる背中は、進化への道のりを突き進む若武者の姿に他ならなかった。

 果たして安部は、ACL初戦から3試合連続で先発出場を果たしてみせた。いわゆる“スーパーサブ”だった昨季とは「やることが変わってくるので、覚えないといけないです」と足元を見つめ、ピッチをひたむきに駆ける。しかし、プロ2年目の道のりは平坦なものではなかった。「悩みながらやっていたり、根本的に自分に技術が足りていなかったり、そういうことなのだと思います。実力不足です」と、もがきながら歩みを進めた若武者に、待ち受けていたのは無念の負傷。4月7日、第二腰椎横突起骨折――。肉弾戦を制した鳥栖との激闘、そしてU-19日本代表のインドネシア遠征を経て、少しずつ手応えを掴んでいた矢先での悪夢だった。「もっともっと存在感を出していきたいです」。春の訪れが助走の終結を告げ、飛躍の時がやってくる――。充実の言葉に漂った予感は、湘南の夜に霧散してしまった。

 それでも、安部が下を向くことはなかった。自らの課題を冷静に見つめ、「自分がやれること」に目を向け、肉体を鍛え上げていく。見るからに大きく逞しくなったフィジカルを備え、5月16日にピッチへと帰還。上海での死闘で復活を遂げ、6月6日には今季初得点を挙げた。中断期間にはU-19代表の一員としてロシアの地を踏み、10番を背負ってトレーニングに参加。世界最高峰の戦いを現地で体感し、大いなる刺激を受けた。「僕も世界の舞台で活躍したい」。一段と輝きを増した瞳とともに迎えた7月、「いい準備ができた」という言葉を体現するように、安部は磐田と柏のゴールネットを揺らしてみせる。長居の夜には、切れ味鋭いドリブルで桜色の守備網を切り裂いた。ハードタックルに屈しない突破、強烈なシュート、そして献身的な守備――。肉体鍛錬の成果、そしてロシアで得たかけがえのない経験は今、目に見える形でピッチ上に解き放たれている。

 「“何とかしないといけない”という思いを、うまく利用することができれば――」。吹田の熱帯夜、消耗戦の余韻が残るピッチを横目に紡いだ心境こそ、さらなる高みへの道標だ。絶えず前向きのベクトルを放ちながら、同時に試合運びの妙を身に着けるべく腐心している今を突き進んだ先に、安部はさらなる高みへと到達するに違いない。「結果が出せない時もあるでしょうけど、そこで何ができるかだと思っています」。青黒、青赤との対峙は不甲斐ない結果に終わった。だからこそ、今夜。踏みとどまるために、再び浮上するために、真価を問われる一戦だ。

「先輩たちの共通点は、自分を持っていること。周りに流されていないんです。自分は芯が強いと言われますけど、柔軟性のある芯だと思います。自分にあったものを取り入れていきたいです」

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「柔軟性のある芯」という言葉を教えてくれたのは、ちょうど1年前のこと。その芯は今、そしてこれから、どれだけ磨き上げられるのだろう。全ての経験をスポンジのように吸収し、そして糧にして突き進む19歳。安部裕葵、進化の道のりはどこまでも。
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