「スンテに助けられたし、ポストに当たったシュートもありましたけど、結果としてゼロで抑えることができたのが一番の収穫でした。個人的には初めてですし、そういう意味でも嬉しいです」
7月25日。熱帯夜の長居で、若武者は充実の表情で言葉を紡いでいた。C大阪戦、突然訪れた出場機会。気迫のシュートブロックを敢行したDFリーダーが、苦悶の表情で運び出される――。無念とともに戦いの場を去った昌子の任を引き継ぎ、町田浩樹は決意を胸にピッチへ足を踏み入れた。「センターバックが出場するのは緊急事態の時なので、いつでも準備はしていました。落ち着いて試合に入れたと思います」。49分間を走り抜き、桜色の波を跳ね返し続け、そして任務遂行の瞬間にたどり着く。2-0。「無失点で終えることができたのが、自分としては一番の収穫だと思います」。鮮やかなトラップから繰り出した正確無比のアシストよりも、スコアを許さなかったことに価値がある。町田は「無失点が収穫」と繰り返していた。プロ3年目の20歳にとって、これがJ1での初勝利。幾多もの困難を乗り越えて迎えた、待ちに待った瞬間だった。
「ネガティブな意味ではなく、あの試合があったから成長できたと思います。ボールを蹴れないことに比べれば、あの痛みに比べれば…と思えるようになりましたから」
昨年5月19日。新たな章を刻むはずだった町田の物語は、突然の中断を余儀なくされた。U-20ワールドカップメンバー落選、その屈辱から2週間後のJ1初先発初出場。敗戦の悔しさから5日後、「借りを返す」と誓って臨んだ、あの夜――。聖地のピッチに倒れ込んだ背番号28に下された診断は、右膝前十字靭帯損傷。「センターバックは源くん、ナオくんだけで戦っていくのでなく、自分もいるのだとアピールしたい」。決意を体現する場を失った。起伏の道のりを突き進んだ先に待ち受けていた、残酷な負傷。松葉杖をついてカシマスタジアムを後にする表情が、今でも忘れられない。
負傷の12日後に指揮官交代が断行され、チームは上昇気流に乗った。それを横目に、ボールを蹴ることすら許されない日々を過ごした町田。それでも懸命にリハビリを続け、11月にはグラウンドへの帰還を遂げた。「ようやくですよ」と笑顔を見せ、クライマックスへ挑む仲間たちにエールを送り続ける。だが、待っていたのは屈辱の結末――。復活への道のりを突き進んでいた若武者も、磐田遠征に帯同していた。ヤマハスタジアムの忘れ得ぬ光景とともに、町田の「激動の1年」は幕を閉じた。
「ケガ明けの試合なので不安もありますけど、今までずっと所属していた選手がやらないといけないです。しっかりと声を出して周りを動かしていきたいです」
新たなる決意を持って迎えた、2018年。キャンプ2度目の対外試合で、町田は先発メンバーに名を連ねた。右膝を襲った悪夢から、約8ヶ月。背番号28にとってそれは、単なるトレーニングマッチではない。再出発を遂げるための、極めて重要な90分だった。勇気を胸に、ピッチへと足を踏み入れる。「久しぶりの試合で、課題もはっきりしたので良かったと思います」。1得点、そしてフル出場。それぞれの道を歩みながら切磋琢磨を続ける垣田とマッチアップを繰り返し、鋭いスライディングも敢行した。「『潰しに行く』って言っちゃいましたからね。潰しました」。冗談交じりに笑顔を浮かべ、90分を走り抜いた事実を噛み締めていた。1月25日、極寒の宮崎。町田は悪夢を払拭した。
「得点やアシストよりも、無失点に抑えて勝ちたいです。試合を重ねるごとに良くなってきている手応えはありますけど、チームを勝たせることができるほどにはなっていないので」
悪夢の負傷から8ヶ月後の実戦復帰、それから半年後に掴んだJ1初勝利。そして――。7月28日、町田はプロフットボーラーとして初めてスコアを刻んでみせる。しかしそれは、若武者の心を満たすことはなかった。吹田の夜、スコアは1-1。青黒を沈黙させたゴールはしかし、勝利をもたらす一撃とはならなかった。「ゼロで抑えないといけない」。センターバックとしての矜持があるから、失ったスコアが「不運」などと形容されようが関係ない。町田は自らを急き立てるように言葉を並べた。「源くんが離脱している今、結果を残せないと意味がないんです」。そして誓った。「次は必ず、無失点で」。左足に施されたアイシングは、激しいバトルを繰り返した証左だった。だが任務を遂行できなければ、その傷は勲章とはなり得ない。背番号28は次の戦いを迎えに行くかのように、スタジアムを後にした。
「競争はアントラーズにいる以上は当たり前のことなので、切磋琢磨してやっていければと思います。結果を残したいです」
植田の移籍、昌子の負傷、そしてチョン スンヒョンの加入――。目まぐるしく移り行く競争の日々に身を置き、町田は新たなステージへと足を踏み入れようとしている。「試合を重ねるごとに良くなっていると思います」。その手応えは過信でも慢心でもない。真夏の大阪2連戦は、背番号28にとって大いなるターニングポイントとなるはずだ。桜色と青黒を前に一歩も動じなかった姿は、アントラーズファミリーに明るい未来を予感させたはずだ。
「チームの勝利が全てです」。幼い頃から憧れ続けたアントラーズを勝たせる、このエンブレムの誇りを守る――。町田浩樹、20歳。幾多ものの困難を乗り越え、思い描き続けた己の姿を今宵、聖地で。