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「アントラーズにはうまい選手がたくさんいるけど、試合を作っているだけでは怖さはないと思うんです。ボールを取られてもいいから、仕掛ける選手がいてもいい。縦に突っ込んで、取られてもいい。そう思っています」

「縦に突っ込んでいって抜き切ってクロスまで行けば勢いが付くし、相手にしても怖いはずですから。これだけうまい選手がたくさんいるんですから、その役目ができるなら、それは自分がやります」

 悪夢の負傷に見舞われ、ピッチからの離脱を余儀なくされた日々。安西幸輝は来たるべき復活の時へ向けて、プレーイメージを膨らませ続けていた。「積極性をなくしてしまったら、それはもう俺じゃないんで」。ボールを持ったら、前へ、前へ――。その強気なベクトルこそ、若武者が歩む日々を支える推進力であり、フットボーラーとして刻んできたキャリアそのものでもある。

「伝統あるクラブに来ることができて幸せです。自分の持っている力を出してタイトル奪回へ向けて頑張っていきたいです」

 1月10日、新体制発表会見。少し緊張した面持ちで、安西は新天地での第一声を発した。生まれ育った地と愛する緑のエンブレムに別れを告げ、アントラーズレッドを纏う決断――。既にJ2で150試合もの出場記録を残している若武者は、尽きぬことのない上昇志向を胸に、新たな挑戦を求めたのだった。「まだ少ししか練習をしていないですけど、レベルも違いますし、何より勝利への執念をすごく感じます」。さらなる高みを目指す22歳、その表情に決意と期待感が滲んでいた。

 そして臨んだ、宮崎キャンプ。持ち前の明るさ、先輩にも臆することなく声をかける積極性で、安西は瞬く間にチームに溶け込んだ。到着2日目のインターバル走で抜群のスタミナを披露し、戦術練習では力強い対人戦と鋭い突破で存在感を示していく。プレーエリアに応じた的確な判断、その体現を可能とする確かな技術と瞬時のスピード、そして正確なクロス――。「安西はいい。レギュラーを狙える」。そんな声が記者席からも聞こえてきた。トレーニングマッチでは正確なクロスで得点を演出。「一番、緊張しました」と本人は述懐しているが、高水準の切磋琢磨にあって、安西が見せたパフォーマンスは出色のものだった。「スキルや戦術理解度が高く、非常に評価している選手の一人」。指揮官はそう言って、全幅の信頼を寄せていることを明かしていた。

 果たして、安西はアントラーズに不可欠な存在となってみせた。2月14日のACL初戦で先発メンバーに名を連ねると、5試合連続で公式戦のピッチへ。左右のサイドバックを務め、試合途中からはミドルゾーンに位置を上げてギアチェンジの任務を担うこともあった。縦横無尽、まさに大車輪の活躍。「連戦を突き進むアントラーズの推進力として、背番号32は日々着々と評価を高めていた。

 だが、好事魔多し。3月10日の広島戦、若武者をアクシデントが襲う。右膝内側側副靭帯損傷。ハードタックルを受けてピッチへ叩き付けられ、時計の針は止まることとなってしまった。

「開幕から試合に出られて、うまくチームに馴染んできたところでのケガでした。もっとやりたかったし、自分が離れている間の左サイドは脩斗くんがずっと一人でやっていて、ケガをしてしまいました。本当に申し訳ないと思っていたんです」

 次から次へと試合が待ち受ける過密日程。仲間たちが苦しみ続ける中、ピッチに立って貢献できないもどかしさ。安西の離脱後、フル稼働を続けていた山本も4月11日のFC東京戦で負傷してしまった。「もし、自分がケガをしていなければ…」。自責の念を抱えながら、安西はトレーニングに打ち込み続けてきた。「毎日ありました」という焦りを振り払うかのように、若武者は復活の時を待ち続けていた。

「ケガは不安でしたけど、応援してもらえる中で試合ができることは幸せなことですね。改めて考えさせられました。久しぶりにピッチでサッカーができて、楽しかったです」

 4月25日、待望の瞬間が訪れた。神戸戦、プレータイムは約20分。「やれるということを示すために、勢いを出せればと思っていました」。アントラーズを逆転へ導くことはできなかったが、ピッチへの帰還を成し遂げた安堵が表情に滲んでいた。「ケガをしなければ、もっと自分の良さを分かってもらえる時間があったと思います。でも、それは過ぎてしまったことなので。ここから自分の武器を出していきたいです」。視線は、常に前へ――。ピッチを疾走する日常が、ついに帰ってきた。

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「場面によっては良いプレーもありましたけど、修正点は多々あると思います。次の試合に向けてしっかりと取り組んでいきたいです」

 ピッチへの帰還から3試合目。ついに掴んだ復帰後初勝利も、若武者の心を満たすものではなかった。だが、課題や反省と向き合いながら歩みを進める日々への回帰が、安西の表情に充実感を漂わせていたことは確かだ。そして見据える先には、浦和との90分。「隣の駅が浦和美園で、ヴェルディの練習から帰る時も浦和のサポーターの人がいたりして。気になっていたんですよね」。埼玉県で育った若武者はそう言って、いたずらっぽく笑顔を見せた。

「満員のスタジアム、たぶん初めてですね。やってみないとわからないですけど、自分のプレーができればいい。積極性が自分の中で一番大事だと思っていますし、積極性がなくなったら俺じゃないんで。“破天荒”ではないですけど、そういう奴がいてもいいと思うので」

 安西幸輝、22歳。鹿のエンブレムを纏い、歩み始めた1年目。アントラーズレッドで埋め尽くされたカシマスタジアムを、疾風のごとく駆け抜ける。聖地のピッチを、前へ、前へ――。
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