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「今は何を言っても言い訳にしかならないので…。一人ひとりが頑張ってやっていくしかないです」

 「スタメン、サブ、スタッフ、サポーターが一緒に戦って勝ち点3を持ち帰りたい」。一丸の決意は、横浜の夜空に霧散してしまった。0-3という屈辱のスコア、トリコロールの歓喜。「前を向いて、監督、選手、スタッフ、サポーターを信じてやっていくしかない」。自らに言い聞かせるように。そして、アントラーズファミリー全員に伝えるかのように――。遠藤康は静かに言葉を紡ぎ、日産スタジアムを後にした。

「若い頃は自分が試合に出て爪痕を残したかったけど、今はチームが勝つことが一番大事だよ」

「選手だから、試合をしたいのは当たり前。試合に出られない悔しさを表に出すか出さないか、それだけだよ。当たり前のことをしっかりやらなければいけないということだけだから」

 鹿のエンブレムを纏い、アントラーズ一筋で迎えた12年目。キャリアに刻まれたタイトルの数は10に達した。クラブ史に名を残し、遠藤はさらなる進化を期して歩みを進めている。腕章を託される機会も増えた。「勝つためには、出場しない選手も含めて全員で戦わないといけないからね」。リーダーとして、チーム全体を見渡しながら――。5月、9月と負傷に見舞われた昨季、離脱を強いられた時でさえ「自分がケガをしている間にポジションを奪われるのは嬉しいことでもある。争いが激しいのはアントラーズというチームだからだし、それが本当に強いチームだと思うから」と、穏やかに語っていた。どんな苦境に陥ったとしても、例え自らがピッチに立てなくとも、背番号25が発する言葉は常に前向きだ。ただ、あの日を除いては――。

「プレッシャーの中でも良い仕事をして、その中で勝ち続けるのがアントラーズの選手としての使命だと思う。相手の守備に手こずったのは、うちらの弱さ。硬さはあったけど、それをプラスに変える強さがなかったということだと思う…」

 12月2日のヤマハスタジアムで、遠藤は人目をはばからずに涙を流していた。声を詰まらせ、絞り出すように。腕章とともに戦った76分、そして見届けた結末――。アントラーズスピリットの継承者として、責務を遂行できなかった事実の重大さと向き合っていた。「中堅の選手が力を出させてあげることができなかった…」。チームリーダーとして責任を背負い、これ以上ない悔しさを深く強く胸に刻み付け、遠藤の11年目は幕を閉じた。

 あれから、ちょうど5ヶ月。あの記憶を思えば、今のアントラーズが直面している現実は受け入れ難いものだ。遠藤自身もまた、昨季に続いてアクシデントに見舞われた。3月3日のG大阪戦。ホーム初勝利の歓喜を迎える数十分前、背番号25は自ら交代を申し出て戦いの場を後にした。左大腿二頭筋損傷、昨年5月と同じ負傷――。はやる気持ちを抑えながら、復帰に向けた道のりを進むこととなった。

 「タイミングを誤らないように」と指揮官が細心の注意を払っていた通り、遠藤は努めて慎重にリハビリメニューを消化していった。何よりも大事なのは、再発を防ぐこと。連戦の真っただ中、苦しみ続けるチームにあって、ピッチ上で貢献できないもどかしさを抱えながら。4月7日に迎えた30回目の誕生日も、届いたのは敗戦の報せだった。来たるべき復活の時へ、我慢の日々が続いた。

 「もう行けるよ」。そう教えてくれたのは4月14日のこと。チームを、そしてクラブ全体を見渡すリーダーは、メディアスタッフの控え室にも頻繁に顔を出す。名古屋を迎え撃ったホームゲームを前に、遠藤は全体練習に合流していた。4戦勝ちなしという暗闇に身を置く中、光が差し込んだ瞬間――。そして11日後、ついにその時は訪れた。25日の神戸戦、腕章を巻いた背番号25が聖地のピッチに帰ってきた。

「みんなの頑張りが同じ方向を向けばいい。勝つために最善のプレーをしたい。自分が起爆剤になれればいい」

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 離脱中の心境を問われても、ネガティブな言葉を使うことは一切なかった。「チームに足りないものは」と聞かれても、未来だけを見据えて言葉を並べていた。復帰戦、プレータイムは78分。ホームで勝ち切ることができず、不甲斐なさと向き合う夜になってしまったことは事実だ。だが、誰もがそのプレーに心強さを感じたはずだ。力強いボールキープ、鋭く正確な左足のキック。アントラーズファミリーは皆、背番号25が帰ってきた意味を噛み締めたはずだ。「最低限の仕事はできたかもしれないけど…」。悔しさと、帰還を果たした喜びの狭間で――。時計の針が、再び動き始めた。

「勝っている時は良いけど、負けることもある。そこでどんなリアクションをして、どんな行動を起こせるかが大事だと思う。必ず苦しい時は来る。こういう時こそ、みんながチームのためにやらないと勝てない。そういう先輩たちを見てきたし、見習わないと」

 昨秋に紡がれた言葉は今、より重くより強い意味を伴って、目の前に現れる。4月はわずか1勝に終わり、順位は15位にまで落ちた。現実と向き合い、這い上がっていくしかない。どんな時もチームを思い、勝利のために献身を続ける背番号25とともに、ここから――。奮起と浮上を期して迎える、5月の初戦。遠藤が左足を振り抜いた先に、歓喜の瞬間が待っている。
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