PICK UP PLAYER


「チームが苦しい時こそ、試合に絡んでいなかった選手が良いプレーをすれば底上げになるし、勇気付けられると思っていました。出られない選手の分も頑張ろうと思っていました」

 久しぶりの歓喜が響き渡ったカシマスタジアム。常緑のピッチで、その才能が閃光のごとき煌めきをみせた。75分、ピッチイン。78分、瞬時の加速から繰り出した高速クロス。79分、センターサークルからのドリブルシュート。そして、88分――。「ボールがこぼれてきて、あそこにパスを出す技術には自信があるので簡単なアシストでした」。右足アウトサイドで金崎へ届けたボールは、数秒後にアントラーズレッドのスタンドを揺らした。勝利への希望を確信に変える、値千金の追加点。殊勲のエースに駆け寄った後、背番号19は拳を振り上げた。プロフットボーラーとしての第一歩を刻んだ、高らかな宣言のようだった。

「アイツはやんちゃだぞ~」

 椎本スカウト部長は冗談交じりに笑っていた。山口一真の加入内定が発表されたのは、昨年8月13日のこと。本人が「メンタル的に未熟だった」と振り返るエピソードが重なり、若武者に植え付けられた印象は決して良いものとは言えなかった。大学2年時には、練習に遅刻したことで全国大会のメンバーから外されたこともある。いつしか貼られた“問題児”というレッテルが、アントラーズ加入決定の報に意外性を伴わせていたのだった。

 「そういう評判ももちろん聞いてはいたけど…」と椎本は言う。大学サッカー界における立ち位置ではなく、あくまでも「アントラーズにいる同世代の選手と比べて、どのレベルにあるのか」を基準に据える椎本にとっても、山口の能力には疑いの余地がなかった。それでは、性格は――。「実際に会って話をしたら、相手の目を見て自分の考えをしっかりと話せる選手だった。サッカーに対して真面目だし、チームのために献身的に走れる」。繰り返された対話から確信を得て、椎本は決断した。自分の目で見て、実際に言葉を交わしたからこそ、そのレッテルを冗談で包みながら「やんちゃだぞ。負けん気は強いし」と笑う。「サッカーIQが高いし、基本的な技術がしっかりしていて、攻撃的なポジションならどこでもできる」。大卒選手の獲得は4年ぶりのこと。「即戦力として期待している」。かくして山口は、鹿のエンブレムを纏うこととなったのだった。

「自分にしかできないプレーをプロで表現したいんです。アントラーズはビッグクラブなので、うまい選手がたくさんいるのは当然のこと。その中で努力をして、頑張っていきたいです」

 昨年12月16日、失意とともに大学最後の大会を終えた山口は、早くもアントラーズでの日々を見据えていた。“10番”を背負って臨んだ全日本大学サッカー選手権大会、結果は初戦敗退。山口は全2得点を演出したが、阪南大学は2-3と敗れてしまったのだった。トーナメントでの敗戦は、4年間を過ごしたサッカー部からの引退を意味する。ピッチに立ち尽くし、涙に暮れる仲間もいた。だが山口は、足早にロッカールームを後にした。悔しさを噛み殺し、次なる戦いを迎えに行くかのように。「負けん気の強さ」が、ここでも滲んでいた。

「自分らしく、特長であるパスやシュートでチームの勝利に貢献したいです。雰囲気もいいし、タイトルを獲りに行くチームなので頑張っていきたいです」

 それから1ヶ月。新体制発表会見で決意を言い放った山口は、宮崎キャンプで出色のプレーを見せた。群を抜く瞬発力と爆発的な加速、そして両足での正確なシュート。膝から下の振りが鋭く、ボールの“芯を食う”インパクトでゴールの山を築いていく。その弾道は強烈で、重い。コーチ陣やチームメートから感嘆の声が上がったのは、一度や二度のことではなかった。今季初の対外試合、テゲバジャーロ宮崎戦ではさっそくゴールネットを揺らしている。昨年夏にドイツ・ブンデスリーガのクラブで練習に参加したほどの実力、「即戦力」との評価に違わぬプレーの数々で、期待感は日々高まっていった。

 「緊張はしませんでした」という初出場は3月7日。シドニーFCとのアウェイゲームで、84分からピッチに立った。6日後のリターンマッチでは、85分にピッチイン。カシマで初めてプレータイムを刻んだ。「確実に自分の中で手応えはあります。もう少し長い時間出られればと思っているので、ゴールに直結するプレーを練習中から出していきたいです」。4月7日の湘南戦からはベンチ入りメンバーに定着。日々着々と、虎視眈々と、来るべき時へと歩みを進めてきた。

「J1初出場で初ゴールを取りたかったという気持ちが大きいですね。チャンスは2回ありました。1本目は点で合わせようと思ったんですけど、今振り返ると自分で打てば良かったかなと」


 そしてついに訪れた、J1デビューの瞬間。山口は一心不乱にピッチを駆けた。大岩監督から「裏に抜けることと、相手DFを追い回すこと」を任務に課され、スプリントを繰り返して献身性を示し続けた。「ロスタイムが4分と出て…。地獄のような時間で、キツすぎて。でもプロはこういうものなんだなと思いました」。全力疾走を繰り返した15+4分間、そして残したアシストという結果。「相手は疲れていたし、簡単と言えば簡単でしたけどね」。言葉の端々に滲む、若さと負けん気。まだまだ荒削りながらも“もっともっと観てみたい”、そんなインパクトを残したことは間違いない。

「スタメンで出る時は相手の体力もあるし、そこをイメージしながらやっていきたいです。僕はスピードがあるので、ヨーイドンなら絶対に勝てるので、強いて言えばぶっちぎりたかった。次はぶっちぎります」

 ギラギラした目をこちらに向けて、若武者はそう言った。「次もチャンスが来たら、がむしゃらにプレーします」。どこまでも貪欲に、そしていつでも全力で――。山口一真、22歳。聖地のピッチを、縦横無尽に駆け回れ。ぶっちぎってやれ、見せ付けてやれ!
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