「あれだけの実績を残している選手なので、全幅の信頼とともに送り出したい。彼の存在感、このチームにおける立ち位置というものは十分に理解している。彼本来のプレーを出してくれれば、勝利に導いてくれる」
果たして、指揮官の言葉は現実のものとなった。3月3日、ホーム開幕戦。聖地の中心には常に「40」の姿があった。誰よりも激しく、誰よりも熱く、キャプテンは勝利だけを目指して闘い続けた。78分、金崎が刻んだ待望のスコア。アントラーズレッドが沸騰する中で、背番号40は得点直後のエースへ駆け寄った。指示を施し、残された戦いへと向かう。全ては勝利のために――。そして十数分後、90分間を走り抜いたその先で、唯一絶対の目的を果たした。1-0。表情に穏やかな笑みが浮かぶ。ユニフォーム姿で勝利を報告するのは、実に半年ぶりのことだった。小笠原満男、再出発の日――。アントラーズレッドのスタンドから降り注がれるチャント、そして他の誰よりも、一段と大きな熱量を帯びる小笠原コール。背番号12は誇りと信頼をその声に乗せ、鹿嶋の空に響かせ続けていた。
「もちろん、悔しいよ。でも、メンバーを決めるのは監督だから。それに悔しい思いをしているのは俺だけじゃないから。毎日、グラウンドで一生懸命やる。それだけ」
J1通算511試合出場。歴代7位の数字を誇っていたキャプテンだが、その時計の針は止まったままだった。2017年8月26日、首位攻防戦で緊迫のウノゼロを演じた長居の夜を最後に、背番号40はリーグ戦のピッチから遠ざかった。9月20日の天皇杯ラウンド16では先発出場したものの、81分に交代。勝利の瞬間はベンチで見届けることとなった。続く10月25日の準々決勝、瞬時の判断から繰り出した正確無比のラストパスで昌子の先制弾をアシストしたが、待っていたのは屈辱の結末だった。PK戦、敗退。小笠原は悔しさを隠すことなく、足早に神戸の地を後にした。そしてこの120分が、2017年最後のプレーとなってしまった。
「個人的な記録には興味がないし、関係ない。大事なのはチームが勝つこと。勝つことが一番。目の前の試合に向けて頑張っていくし、勝ち続けていきたい」
飽くなき勝利への渇望を体現し続けてきた闘将にとって、己が戦いの場に立てない悔しさは計り知れないものだった。J1ラスト10試合、全てがベンチスタート。そしてその全てで出番なし。あの日のヤマハスタジアムもそうだった。声を張り上げ、仲間たちと闘い続けた。だが、しかし――。試合後、室内ウォーミングアップ場の片隅にその姿があった。誰にも気づかれないよう、ロッカーに背を向けて。悔しさが、不甲斐なさが、その目からあふれていた。
「…ああ、復活したよ」
それから6日後、12月8日。失意の残るクラブハウスで、小笠原の声が聞こえてきた。電話口には本山雅志。同期加入で栄光のキャリアを築き上げ、今もともに走り続ける心優しき戦友にどんな言葉をかけられたのかは聞かなかったが、その一言を聞けば、その数十分前にグラウンドで汗を流していた姿を見れば、思いは痛いほど伝わってくる。あの屈辱を振り払うことはできなくとも、新たな戦いを自ら迎えに行くかのように、闘将は走り始めていた。
「悔しさを乗り越えられるのは自分たちだけ。誰に頼ってもいけない。自分たちだけだから」
定位置奪回、そしてさらなる進化を期して迎えた2018年。極寒の宮崎で、小笠原はひたむきにトレーニングに打ち込んだ。過酷なフィジカルメニューでは声を張り上げてチームを盛り立て、紅白戦では卓越した戦術理解度でピッチを支配。そして練習後には若手選手を誘ってリフティングゲームに興じた。時に厳しく、時に笑顔で。来るべきシーズンへの準備は、着々と進んでいった。
「満男さんがいるだけでチームが落ち着きます。攻守の分担もうまくできていたと思います」
そして訪れた、再出発の日。「512」をキャリアに刻んだ百戦錬磨の大黒柱がピッチを支配し、アントラーズは力強く前進した。コンビを組んだ三竿健斗は改めて存在の大きさを口にするとともに、こう続けた。「自分は全ての試合に出るつもりでいるし、出たいです」。キャプテンの輝きがライバルたちを刺激し、切磋琢磨の水準をさらなる高みへと導く。
「出場した選手が結果を残すことで、チームの力が上がってくると思います」
翌日からの遠征に、小笠原は帯同しなかった。5連戦の真っただ中、指揮官はキャプテンを鹿嶋に残したのだった。コンディション調整の日々は「信頼の裏返しでもある」一方、シドニーへと発ったメンバーにはボランチが主戦場の4選手が名を連ねている。競争意識に火をつける采配、そして掴み取ったかけがえのない3ポイント。「勝ちに行くだけ」と不退転の決意を述べた永木は、気迫に満ちたハードタックルを連発し、己の存在を強烈にアピールしてみせた。昌子が「攻撃のセンスがすごい」と称えるレオ シルバも持ち味を発揮し、健斗はクローザーとしての役割を遂行。今季初めてベンチ入りを果たした久保田もまた、ピッチに立てなかった悔しさを胸に決意を新たにしたはずだ。
「コンディションは万全かって?そんなことより、出たかったよ」
そして、何よりも――。試合と勝利に飢え続けている小笠原にとって、ライバルたちの奮起はこの上ない燃料となった。前日練習後の一言こそ、たぎらせた闘志の証左だった。だから今日も、キャプテンは闘う。アントラーズの魂として、ピッチの支配者として。再出発の90分から、1週間。小笠原満男は今日も、勝利だけを求めて走り続ける。