「前半は相手の素晴らしいサッカーに翻弄されてしまい、そのまま終わってしまった。後半は非常に良い形で入って試合を支配できたが、一瞬の隙を突かれて失点してしまった。その後はなかなか反撃できず、悔しい敗戦になった」

　大岩監督は静かに、そして自らに刻み込むように不甲斐なさを口にした。穏やかな青空に恵まれた鳥栖の地で、沈黙の90分を過ごしたアントラーズ。「最高の準備をしないと試合にならない」と、並々ならぬ決意とともに意地を見せたホームチームの歓喜を見届け、底知れぬ悔しさを胸にスタジアムを去ることとなった。

　0-1。指揮官就任後、初の無得点。ボールが走らないピッチに苦戦し、不用意なミスを繰り返して秩序を失っていった。「リズムを掴めなかった」と山本が言えば、中村は「自分たちのミスでピンチを招いた」と反省の弁。そして昌子は「全てのプレーが後手になってしまって、もったいない失点だった」と、一瞬の空白を悔やんだ。試合後のミックスゾーンが重苦しい雰囲気に包まれる。誰もが己の未熟さと向き合い、そして奮起を誓っていた。

　アントラーズは第28節の先陣を切ってキックオフを迎え、そして屈辱の90分を過ごした。“首位の連勝が止まった――”。その事実を知ったうえで、2位の川崎Fはナイトゲームに臨んだ。5-1。距離が、縮まった。

　1週間前、「独走」、「連覇」などと早くも過熱していた報道は手の平を返すように色彩を変えた。「反撃」、「接近」。これこそがタイトルレースだ。無意識下に刷り込まれかねない心理的な余裕、余裕を見せまいとする強張り、高揚感や緊張感――。勝ち点差や残り試合数、対戦相手といった要素もまた、脳裏を過ぎては去り、そして再び現れる。そんな日々に身を置いて、その全てを乗り越えなければ、戴冠の資格など得られない。百戦錬磨の曽ケ端は言う。「目の前の試合に集中するだけ」。アントラーズのDNAを脈々と受け継ぎ、体現し続ける土居は口を揃える。「切らさずにやり続けるだけ」。目前の試合に全てを注ぎ込み、勝利を掴み取りに行く。改めて言うまでもなく、一戦必勝の姿勢を貫き続けなければならない。

「トレーニングにしっかりと落とし込んで、自信を持ってプレーできるようにしっかりと準備をしていきたい」

　指揮官は次なる戦いを見据え、鳥栖の地を後にした。2日間の充電期間で心身ともにリフレッシュした選手たちは、10月3日に練習を再開。さらなる進化と向上だけを追い求めて切磋琢磨を続けている。「自分たちがやるべきことを、突き詰めていかないと」。中村の視線は揺らぐことなく、そして勝利だけに向いていた。

　チーム一丸で、再出発を遂げるために――。10月14日、J1第29節。サンフレッチェ広島との激突は、10月最初にして唯一のホームゲームだ。よもやの低迷、暗闇から脱しようと必死の戦いを続ける紫紺の名門は、気迫をみなぎらせてカシマスタジアムに乗り込んでくることだろう。彼らもまた、生き残りを懸けた道のりの上に立っている。

　 　 　だが、聖地に降り注がれるアントラーズレッドの情熱は、何者をも凌駕する。険しい表情で敗戦を振り返った守護神はしかし、前を見据えてこう言っていた。「次はホームで戦えるので。たくさんのサポーターとともに戦うことができるので。みんなで喜べるようにしたい」と。勝利だけを見据えて、全員で戦う90分だ。

　60、50、46、59、60、59、59、そして61――。過去7シーズンに渡って突破できずにいた“60ポイント”の壁を、アントラーズはすでに乗り越えた。不甲斐なき時間を過ごしても、課題と反省ばかりに目を向ける戦いが続いても、それでも着実にポイントを積み重ねることができている。だからこそ、揺るぎない自信を胸に戦おう。鳥栖で味わった悔しさ、勝利への渇望、決意を全てぶつけよう。再出発を遂げる90分。カシマスタジアムで、ともに勝利を掴み取ろう。