DRAMA Vol.13 決戦前夜

それは、ものすごいエネルギーの集約だった。立場を超え、垣根を取り払い、鹿島地域のためを思う人々の賛同が次々に集まった。多くの男たちが、多くの活動を通して、より多くの仲間を集めてゆく。ひとつの願いのもとに、地域の力が結集される。集められた力は奔流となって固く閉ざされた門を激しくたたく。

ここまできて、だれも敗北は考えたくなかった。プロの座を獲得するしかなかった。後戻りは許されず、まさに“背水の陣”の心境で活動を続ける。

「お役所仕事」という言葉がある。形式ばかりにこだわり、能率の悪い仕事ぶりを指して使われる言葉だ。こと今回の行動に限っていえば、そんなところは微塵も見られない。

「お役所仕事」なんてしていたら、すべてが崩壊してしまう状況だった。他の町や村も快く対応してくれた。職員たちも、ほんとうによく頑張った。みんなの情熱があったからこそここまでこれたのでしょう(五十里氏)」

町長の言葉が、当時の人々の心境を映し出す。

だが、これだけの動きをしたから認められる、という甘い世界ではない。

「最初、川淵さんに「スタジアムを造るなら、鹿島のチームは補欠加盟にしましょう」といわれたんです。『それで、1993年の5月にスタジアムが完成したら正式加盟を認めましょう』と。こちらは、県や地域を背負って来ている。補欠では議会も通らないし、ここまできて引くことはできない。スタジアムを造るから、スタート段階でプロチームの一員に入れてほしいと強く要請したんです(北畑氏) 」

この後、いくつものせめぎ合いが繰り返された。

さまざまな男たちが幾度も通ったし、協会関係者に鹿島まで来てもらったこともあった。しかし、安心できる決定的な考えは、ついに出されることはなかった。

結果は、最終選考会まで持ち越されることになる。